雪溶けて-3
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うとうと…として、気づくと1日が終わろうとしていた。
窓の外には、珍しく小雪がちらついていた。
うっすらと白く、やけにリアルな明るさをもつ景色は。
前にも見たことがあるような、けれどきっとないと断言できるような鮮やかさだった。
ふと携帯電話に手を伸ばす。
部屋の空気のせいで、ひんやりとしてその存在を主張していた。
6年の間にできた彼女が。
女性の名前のメモリを、すべて消去してしまった。
やけに軽い、その携帯電話は、もう俺の物ではないようだ。
「柚月。」
想い出の中の少女の名を呟いてみても、何も変わらない。
幾度口にしたかわからないその名は、俺が何よりも大切にしている宝物のような。
守るべきものなのだから。
変えては、いけない。
「会いたいな…。」
狭い俺の部屋に木霊した声は、窓の外を舞う雪に吸い込まれて行った。
この雪が、あいつの住む街にも降り積もることを祈った。
そして、俺の声を、届けてくれることを―。
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保って2ヶ月。
先生。
あなたが病室の外で囁いた言葉。
私にも聞こえてました。
だって外は粉雪が舞っていて、やけに静かだったから。
「会いたいよ…。」
もう。
会うことは無いなんて言わないでほしかったのに。
その言葉がほんとになる時。
哀しみと、愛しみとが。
ただ、増すだけなのに―。
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雪が。
何かを狂わせる。
ひより、ひよりと、舞う雪が。
全てを狂わせる。
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‥お掛けになった番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上―‥
なんとなく、気がついたらナンバーを押していた。
一瞬、繋がったかと思った。
けれどやはり。
6年の歳月は長かった。
もしかしたら、結婚して解約したのかもしれない。
いや、連絡を取りたくないと思われていたのかもしれない。
想像だけが、膨らんでゆく。
仕方なく、机の上に戻そうとしたとき。
けたたましい音量で、着信音が鳴り響いた。
「あ、先生。俺、芳井。」
担任している生徒だった。
6年の歳月は、俺に責任という荷を課した。
「あのさっ。俺ら今旅行に来てるんだけど、沢野がケガして病院にいるんだ。どうすりゃいいの。なんか、手術するとか言われても、俺らじゃどうしようもねーし、沢野の親、海外出張…」
遠い。
いや、近いかもしれない。
「病院の名前と電話番号。俺が行くから。」
真っ更なメモ帳に、病院名をメモし、上着をはおる。
K大学医学部附属病院―。
自分で書いた文字が、浮き上がって見えた。
ふっ、と息を吐き出し、玄関へと向かう。
外は、季節に逆らうことなく、冷たい木枯らしが舞っていた。
頬に突き刺さる風の冷たさが、心に染みた。