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雪溶けて
【悲恋 恋愛小説】

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雪溶けて-2

  * * * * * * * * * *

真っ白な壁を眺めて毎日時を過ごす。
論文も仕上げの段階で。
必要な実験もすべて終わった。
この先には、どんな自分がいるのか。
どんな生活が待つのか。
わからない。
まったく予想もつかない。
周りに気を遣いながら、そっと窓を開けてみた。
ひんやりとした外気が、ほてった頬を撫でる。
肺が、浄化される気がして。
心も…すべて…。

「納得かよ。」

納得なんてしていない。
あなたの言葉に、過剰に反応してしまいそうで。
耳も、口も、心にも。
蓋をしてしまいたいと思った。
笑っているつもりだったけれどあなたをみることができなくて。
手にした卒業証書の名前を。
ずっと見つめていた。
私の精一杯。
素直になれなくて。
また会いたいって、思っていたのに。
それを口にすることができなかった。

「だって、そうじゃん。」

後悔なんてものじゃない。
なんて幼く、ひねたこどもだったのだろう。
けれど、涙をこらえるのに必死だったなんて。
あなたは知らないでしょう―。

  * * * * * * * * * *

もうすぐ、あの春から6度目の春が巡ってくる。
俺が見てきた風景は色を失って空虚だった。
静かな部屋。
四角い、白い、部屋。
扉を開けると、部屋の外の喧騒が飛び込んでくる。
この部屋は、今でも彼女の面影を残す。
俺の想いの中で…笑顔の彼女だけが、鮮やかな色を放つ。

「だって、そうじゃん。」

いつも通り。
いつもと同じ、そっけない言い方。
そうなんだ、けどな。
目も合わせない。
俺には、興味がないのか。
卒業証書を見つめて、卒業の喜びか。
寂しさに浸っていたのか―。
もう、言葉は出なかった。
彼女が、持っていた小さな包みを、机の上に置いた。
ごちゃごちゃとものが溢れ、バレンタインにもらったチョコレートも置きっぱなしの。
一番上。
一番、目立つ場所。

「何?」

俺の声は。
いつも通り、そっけなく響いただろうか。
胸の高鳴りは、止むことはない。
彼女の鳶色の瞳が、俺を見つめていた。
今もあの瞳で、誰かを見つめているのだろうかと―考える。

  * * * * * * * * * *

誰かがやって来た気配がした。
そっと瞳を開くと、白衣を着た男性が立っていた。
思いの外、背が高い。
けれど柔和な雰囲気が、威圧感を感じさせなかった。
傍らに立っている、私と同じ瞳を持つ幼い少女が。
不安そうな瞳を向けていた。

「何?」

私の声。
ちゃんと届いただろうか。
張りのある声は、もう出すことはできなくて。
細くかすれた音がした。
いつか。
同じことを、彼に言われたことがある。
あの頃の私は、命について考えることもなく。
ただ当然のことだと思って過ごしていた。

「ゆえちゃん、どこもいかないでね。ね。」

私の、娘。
この子は知らないけれど。
そう。
知らないのだ。
もう何も考えまい。
考えても、もう私には答えを導く時間もない。
きっと、もうすぐ―。


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