微笑みは月達を蝕みながら―第弐章―-10
「うふん、もう正樹ちゃんも夕ちゃんも手がかかるわあ」
ストラップに指をかけ、くるくるとケータイを廻す。
くるくるくる。現時刻は一時半。くるくるくる。状況はこちら側にとって結構深刻なことになっている。くるくるくる。歯車が狂い始めている。くるくるくる。来る繰る刳る狂る。
ケータイを廻すのに飽きたので、実験器具であるフラスコの中の液体を廻し始めた。中身は珈琲である。早紀は科学者としてあるまじきことに、実験器具と調理器具を混同していた。フラスコの中身をラッパ飲みする。
「う〜ん、やっぱり丸底フラスコより三角フラスコの方が美味しいなぁ、ブルマンは。キリマンジャロは丸底の方が美味しいけど」
計算され尽くした動きで白衣を翻すと、自分の夫である男性の方を見つめる。
「ねぇ、司郎さぁん。そう思いません?」
「そうかもしれないね」
加藤司郎<かとうしろう>はとりあえず、といった感じで返事をする。壮年の顔つきはなるほど、正樹とも夕ともよく似ている。親子と言われて疑う者はいないだろう。
だけどもし、疑う者がいるとすれば、それは目の輝きだろう。夕にも正樹にもない、昏い執念のようなものがその瞳には宿っている。
対する早紀は理知的に整った顔つきととは裏腹に、知性をあらわす眼鏡の奥に最早病的なほど色欲の念を瞳に露にしている。ちぐはぐな二人だった。
「今回は失態だね。さて、この責任は誰にあるのだろう?」
その瞳とは裏腹に、声の調子は軽い。
「あれれ? もしかして、アタシにあるとでもぉ?」
「そう言いたい所なんだけどね」
パシン、と報告書を叩いた。単なる事務連絡、メールで済ませられる内容をわざわざ書類に書いて送ってくるような、変に古風なところが正樹らしい。
「どうしようもないね。君のクビを切っても元には戻らない。ならばフォローは君に任せるよ、君以上の適任にはいなさそうだしね。残念なことに」
「ウフ? 信頼してくれてぇ早紀嬉し♪」
全く無駄のない動作で司郎を頭を固定すると、おもむろに唇を合わせた。
湿った水音が、舌が絡まりあう音と共にいやにはっきりと響く。「プハッ」と息を吐きながら唇が離れたとき、早紀の瞳は潤んでいた。濡れた唇を舐める。
「折角だからぁ、早紀を抱いてくれなぁい? 社長と会うのもひ・さ・し・ぶ・り、だからぁ」
上気した顔で司郎にねだる。表情は変わらないが、おそらく内心では呆れているだろうと思った。早紀には関係ない話。
ワイシャツのボタンを外す。一つ。二つ。手を潜り込ませ、直接に胸板を撫でる。司郎が苦笑した。
「僕も若くないからね。君を満足させてあげられる自信はないよ」
指で胸板に「の」の字を書きながら、ジジッ…とチャックを下ろした。
「だいじょ〜ぶ。社長は若いですよ」
トランクスから肉棒を取出し、息を吹き掛けてみた。
「ん…」
予想をしていなかったのか、僅かに声を立てた。早紀はにやりと笑うと、大きく口を開け、肉棒を飲み込む。
「………!」
まだ半勃ちではあったが、徐々に硬くなっていく。しばらく口に含み唾液と馴染ませ、それから唇をハーモニカのように滑らせ、そのまま玉を舐め回す。湿った水音が響く中、時折り口に含め、吸ったりもしながら、手は肉棒を扱いていた。
「どぉです? 若いでしょう?」
自慢げな言葉通り、司郎の肉棒は十分な硬さになっていた。喋っている間にも手を休めることはなく、左手で根元を扱き、右手の掌で先端をこねるようにこする。
「仕事もこれくらい真面目にやってくれればいいんだけどね」
皮肉を言いながらも――早紀の胸元に手をのばし、白衣の上から強く揉む。
「はぅ! んン!!」
少し乱暴なぐらいが早紀にはちょうどよかった。なんだかんだで早紀の好みをきちんと把握していた。
ブラウスのボタンを外すのもそこそこに、胸に潜らせ、強く握る。