僕とお姉様〜嘘をつく〜-1
片思いの相手と一緒に暮らすのって、案外楽しくない。
意識ってめんどくさい…
お姉様を好きになったと気がついたのはお姉様の失恋直後。携帯にプリクラを剥がした跡が粘着質に埃がついた状態で残っているくらい最近の話。
それでもたまに携帯を開いてはため息をつくから、相談に乗るような口調で聞いてみた。
「連絡待ってんですか?」
「そーゆうわけじゃないけど」
「一日に何回も携帯見てるから、まだ未練あるのかと思った」
「未練?あ、違う違う!健太じゃないよ。親」
おや…
「親って、親?」
「そう、母親」
「いるんだ」
「どーゆう意味よ」
「いや、深い意味はないけど」
素直な一言だった。
身の上話など全くしないこの人の口からまさか家族の話が飛び出すとは。
「しばらく帰ってないし顔くらい見せろとは言われてるけど仕事辞めた事も話してないしなー。いちいちうるさいし」
世間にはよくありそうな、口うるさい母親と自由奔放な娘って感じ。別に帰るのを渋るほどの問題ではないと思うんだけど。
「やっぱ無視しよ!引っ越した事も言ってないし」
「連絡した方がいいですよ。心配してるんじゃないですか?」
「そうなんだけどさー…」
帰るならともかく、連絡さえしたくないなんて家族とうまくいってないんだろうか。そう言えば出会ったばかりの頃、いきなり僕んちに住みたいと言い出した理由の一つに『家に帰れない事情がある』と話していた。
色々あってすっかり忘れてた。
「実家遠いんですか?」
「ここから車で1時間弱の隣市の山奥。遠くはないけど頻繁に帰る理由もないし、帰っても小言を言われるだけだし」
住所不定の無職じゃ仕方ないだろ。
よほどストレスがたまっていたのか、お姉様はここぞとばかりに家族の愚痴をこぼし続ける。
「つまり、家に帰れない事情=干渉されるって事?」
「そう!」
なんだ。
もっと深刻な事情かと思ったけど、全然うちよりマシじゃないか。
「…山田」
「なんすか」
「着いてきてくれない?」
「…一応聞くけど、どこに」
「実家」
「なんでだよ」
「だってさぁ〜」
少し高めのよそ行きの声を出してちょこちょこと近付いてくると、まるで僕のご機嫌をとるように凝ってもいない肩やら首のマッサージを始めた。
僕はこの人の無邪気な人なつこさが好きであり、同じくらい嫌いだ。
嫌われてないと喜ぶべきか、意識されてないと悲しむべきか。今思えば幼稚としか言いようのない初恋は何の参考にもならない。
気持ちを自覚したと同時に現れた、『色んな男にこうしていたんだろうな』という卑しい嫉妬心から好きな人に触れられても素直に喜べないでいた。
「…と言う訳なの。お願い!!」
「は?」
いつの間にかマッサージは終わっていて目の前でお姉様が両手を合わせて頭を下げている。
僕が考え事をしている間ずっと何かを説明していたらしいが、何一つ聞いていなかった。
「やっぱ駄目?」
すがるような上目遣いに弱い男はきっと僕だけじゃないだろう。
「別にいいけど」
答えてすぐに目を反らした。
「ほんと!?良かったー。じゃあよろしくね!」
何故か握手を求められ、よく分からない間に何かの約束をしてしまったらしい。どうせ大した事ではないだろうと軽く考えていた。
それを後悔する事になるとは夢にも思わずに。