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堕天使と殺人鬼
【二次創作 その他小説】

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堕天使と殺人鬼--第10話---3

「愁――愁、落ち着け。ちょっと落ち着くんだ。」
「――こんな状況で、誰が……」大きく息を吸い込んだ。「誰が落ち着いていられんだよ!」愁は必死でアキラや遼を振り払おうとしている。「――離せ!」
 それをただ見守っていた晴弥はこの時、妙な錯覚に陥った。いつだったか、これと同じような光景を目の当たりにしたことがある。暴れる飛鳥愁――取り押さえる沼野遼――宥める都月アキラ――晴弥は暫し思考を巡らせたが、思い出せなかった。どうでも良いことのようにも思えた。
 叫び狂う愁の様子は、何名かのクラスメイトたちに同じ火を付けたようだった。大場冬文(男子二番)が、野川勇吉(男子十二番)が、橘兵介(男子八番)が、永田玲奈(女子十一番)が、いっせいに叫びながら入口を叩く。――「誰か、いるのか?」――「俺たちをどうしようってんだよ!」――「いたら返答してくれ」――「出しなさいよ!」――ドンドンドンドンドンッ!
「みんな、落ち着け! いいからまず、落ち着いて、話し合おう!」
 学級委員長であるアキラは責任のためか、はたまたそれが彼の性格なのか、彼らの集団に自ら割って入って一生懸命声を掛けている。しかし、誰も、耳を貸さなかった。
 彼らの動きを止めたのは、「ねえ、あれなに!?」と言う誰か、女子生徒の悲鳴を帯びた問い掛けの声だった。
 上野佳苗(女子二番)だった。彼女が指を垂直に延ばして、その場所を凝視している。全員が、その指が向かう先を追い掛ける。
「なんだよ……なんだよ、これ!」
 誰かが叫んだ。晴弥も思わず身を固くした。佳苗の指差す方向――窓一面には、蛍光灯の光を反射させている真っ黒な鉄板が――全く隙間なく、張り付けられていた。勝手に夜だと思っていたが、これでは昼か夜かの判別もできるわけがない。
 ドアに張り付いていた生徒が二人、次にそちらへ走り寄った。残りの二人は呆然と手を離して覚束ない足でふらふらとしている。
 暫く、誰も声を出さなかった。不思議な感覚だった。時間が止まったようにさえ感じた。
 静まり返る室内に、誰かの息を飲む音が響いて消えた――それが合図だったのか、外から段々と近付いて来る複数の足音が、ふいに耳に届いた。そして、入口付近で、止まった。
 鍵を静かに外す音が聞こえる。そして、音もなく開かれたドアから、一人の男が姿を現した。
 この状況ではちょっと不気味にすら見える紺色のスーツ、清潔そうな白いワイシャツに、地味な朱色のエクタイを締め、黒いローファーを履いた長い足の青年だった。中性的な整った割とハンサムな顔立ちだが、血の気がなく青白かった。襟元には、政府関係者を表す桃色のバッチが張り付けられていた。
 男は、入口のすぐ近くにいた晴弥たちを黙って通り過ぎると、教壇の前に立った。さっきまで騒いでいたのに、不思議と誰も、声を発しなかった。ただ、男を見つめていた。
 男が室内を、あまり顔を動かさずにぐるりと見渡す。少し、不機嫌そうな表情だった。青白い顔色のその行動は、なんだか、とてもぞっとした。
「まったく……」男が顎を引いて腕を組みながら、呟いた。印象とは違う、少し掠れたようなハスキーな声で続けた。「最近の子供は、黙って席に座っていることもできないのか……。」
 馬鹿にしたような呆れたような口調だったにも拘わらず、恐らくこの時、大半の生徒は思わぬ青年の登場に、いや、ここで目覚めた時からだったが、とても困惑して男の言葉の意味を理解したものなどほぼいなかったに違いない。現に誰も、本来なら絶対に食って掛かりそうな奴も、何も声を上げなかった。


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