*** 君の青 最終回***-3
そんなことを考え、目元を指先で指圧している時だった。入り口の鈴がカランと鳴った。たまにいるのだ。CLOSEDの札を出しているにもかかわらず、堂々と入ってくる客が。僕はため息をついて、
「いらっしゃいませ」
と、言った。
「ごめん、やっぱりもうだめかな」
息を切らして入ってきたのは細井さんだった。
「どうしたんですか?そんなに慌てて」
そういえば、今日は細井さんを一度も見ていなかった。
「出張だったんだ。日帰りでね」
「そうだったんすか。あ、いいですよ。何か食べます?」
お客が細井さんなら、まさか追い出すわけにはいかない。細井さんは息をつなぎながら、スツールへ腰掛け、
「いやぁ、これでも急いできたんだよ。はい、これはお土産。二人で食べてよ」
と言って、僕に青と黄色の包み箱をくれた。よく見慣れた柄だ。
「うわっ。萩の月だ。出張って仙台だったんですか?」
「うん、そう。たしか絆君の好物だったなって思ってさ」
好物なんてものじゃない。大好物だ。
「ありがとうごさいます。あ、そうだ、これみんなで食べましょうよ!」
「え?ああ、そうだね」
「じゃあ、お茶入れますね」
僕はテーブルを拭いている雫を振り返った。
「雫、細井さんがお土産もって来てくれたぞ。こっちこいよ。一緒に食べようぜ」
返事はなかった。そればかりか、彼女はさっきの場所からちっとも進んでいない。
手を止めてうつむいている。
「雫?」
僕が心配になって立ち上がるのと、彼女の膝が崩れ落ちるのとはほぼ同時だった。
雫の体はテーブルと一緒に床へ倒れこんだ。
「雫!」
心臓の止まる思いで、カウンターを飛び越え、彼女の元へ駆けつける。
「雫、しっかりしろ!雫!」
彼女の体を抱きかかえ、揺すってみた。目が開かない。顔色も悪く、唇も乾いている。朝から様子がおかしかったのは、必死に具合が悪いのを隠すためだったのか。この馬鹿やろうが!
「おい、目を開けろ、おい!」
焦りを隠せない僕の肩を、細井さんがつかんだ。
「落ち着くんだ!絆君!」
僕は彼の手を強引に振り払った。
「雫!聞こえるか?なぁ」
「絆君!」
彼は再び僕の肩をつかみ、耳元で怒鳴った。
「救急車だ。君がいくら呼びかけても、彼女は治らない!ここは僕がいるから、早く病院へ電話をして!」
救急車。病院。そうか、何で気がつかなかったんだろう。僕は頷くとすぐに立ち上がり、居間へ走りかけた。それを止めたのは、今にも消え入りそうな雫の声だった。
「待って、お願い救急車は呼ばないで。ごめん、昨日から風邪気味なの。熱っぽくて」
僕はすぐにしゃがみこんだ。
「何で言わないんだよ」
怒鳴り半分に言うと、彼女は苦笑して、 「仕事、大変でしょ」
と、呟いた。まったく、体あっての仕事だろうが。
「馬鹿、こういうことはちゃんと言えよ。とにかく、救急車は呼ぶぞ。いいな?」
「やだ、お医者さんは嫌いなの」
雫は立ち上がろうとする僕の手をつかみ、かすれ声で止めた。
「子供みたいなこと言うなよ」
「私の鞄の中に風邪薬あるから、それを持ってきて」
「・・・・・・・」
「お願い」
僕は長いため息の後、渋々頷いた。それは彼女の頼みということもあったし、意識がはっきりしているから薬を飲めばよくなるだろうと判断したからだった。僕は雫を細井さんに任せると、全速力で居間へ走った。