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■LOVE PHANTOM ■
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*** 君の青 最終回***-2

 「お・は・よ・う」
 と、彼女は笑った。
 「お、おはようございます」
 弱々しく、僕は答えた。くそっ、家庭内暴力でこいつの親父さんに訴えてやる。そう思いながら、痛みでうずくまろうとした僕の手を、雫がとって引いた。
 「とにかく居間へ行こう。もうすぐ開店だしさ、早くご飯を食べてもらわなくちゃ洗い物も出来ないでしょ」 
 一体本当にどうしたというのだ。あれほど朝は怠け者だった彼女が、洗い物までしてくれるなんて。
 雫につれられて居間へ入ると、食欲をそそる香りが辺りを雲のように漂っていた。
僕はその匂いをかぐなり、椅子へ腰掛け、置かれている箸を手にとった。ご飯もすでに茶碗に盛られている。コップには牛乳だ。あまりの準備のよさに、僕しばらく箸を持ったまま呆然としてしまった。雫はグラスキャビネットに寄りかかり、
 「さぁ、召し上がれ」
 と、言うと自分は手元にある紅茶をぐぐっと飲み干した。猫舌の雫が一気できるということは、相当時間がたってぬるくなっているということだ。と、なると、彼女は結構早い時間から起きていたということになる。いや、床につく時間が遅かったから、ひょっとしてほとんど寝ていないんじゃないのか。
 「お前、昨日寝た?」
 と、僕は訊いてみた。
 「寝たよ」
 雫はあっさり答えた。
 「本当に?」
 「うん」
 雫は嘘をついていた。
 僕には分かった。彼女は嘘をつくとき、決まって僕から目をそらすくせがあるのだ。けれど、何故嘘をつく必要があるのだろう。
 「どうしたの?こっち見てないで食べてよ」
 僕の疑いのまなざしに気がついてか、雫が言った。僕は頷きながら、朝食をつつくことにした。口にしてみると、いつもと変わらず美味しい。朝はほとんど食べない僕が言うのだから、本当に、相当うまいのである。
 「どう?おいしい?」
 「・・・・・」
 口いっぱいに料理を頬張りながら、僕は頷いた。
 雫はにっこり笑うと、
「それじゃあ、私はお店を開ける準備をしてくるね。あ、食べ終わったら流しにちゃんと置いておいてね。後で片付けるから」
 と、言って、店の方へ出て行ってしまった。
 やっぱり変だ。どうしても納得がいかない。そう思ったとたん、ある不安が脳裏をかすめた。
 「まさかあいつ、もう家へ帰るなんて言うんじゃないだろうな」
 しかし僕の不安とは裏腹に、仕事中の雫には何の変化も見られなかった。いつも通り、愛想よくお客にも振舞っているし、いつも通り、何枚か食器も割った。どうやら、朝の彼女は単なる気まぐれだったらしい。どうせ眠っていないのだって、遅くまで僕の漫画でも読んでいたのだろう。そう思い始めると、忘れるまで後は時間が解決してくれた。
 そして閉店頃には、僕は朝のことをすっかり忘れてしまっていた。店内には、僕と雫の二人しかいない。さっきまで一人いたのだけれど、居心地が悪かったのか、注文をした紅茶を飲んでさっさと帰ってしまった。僕がテーブルを拭いていると、雫が歩み寄ってきて、ミントガムを僕に差し出した。
 「サンキュ」
 と、それを受けとる。
 「今日も一日ご苦労様」
 そう言うと雫は、僕からひょいっとタオルを取り上げ、
 「後は私がやるから、絆は食器でも洗ってて。まだ残ってるんでしょ」
 「そう?じゃあ、洗うよ」
 「うん」
気のせいだろうか。一瞬、彼女の顔が青白く見えた。
 「雫?」
 心配になって声をかけると、彼女の手が止まった。けれど振り向きはせず、そのまま、
 「何?」
 と返事を返してくる。
 「お前、具合悪くないよな」
 「はぁ?なんでぇ?」
 雫は僕の方を振り返ると、笑い、そしてすぐに向き直ってしまった。今の顔色はいつもと変わらないようだったし、僕の方が疲れているのだろうか。


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