***君の青 E***-6
「待てよ!雫」
僕らは走った。霜が降りて濡れている歩道を。全速力で。次第にぼと彼女の差は縮まり、いつしか並ぶようにして走っていた。息を切らしながらも、どこまでも走った。僕と雫が走り出してからどのくらい時間がたったかも、どれほどの距離を流れたかも分からない。けれど、行き着いた場所がどこかははっきりとわかる。あの頃と同じ草の匂いと土の匂いが、僕の中で眠っていた記憶を優しく掘り起こしてくれた。そこは僕の家からそう離れていない所にあった。僕がまだ青い鳥の存在を信じていた頃に、よく雫と二人で遊びまわっていた小さな森だ。
最後にここへきたのかがいつなのかも思い出せないほど、僕はこの森のことをすっかり忘れてしまっていた。
息を切らしながら、辺りを見回す。何の手入れもされていない、伸びるままに伸びた草。太い木の幹に巻きついているつる。大小さまざまな石が転がっている地面も何一つ変わっていないはずなのに、どこか昔とは違う気がする。すぐそばにある大木に寄りかかって彼女を見ると、僕と同じように息を切らしていた。
上を向いたり下を向いたりして、必死に呼吸を整えようとしている。
「雫、平気か?」
白い息が絶え間なく吐き出される。彼女は僕を見て笑おうとして、失敗した。
僕は背を立てると、夜空へ向かって大きく伸び、雫の肩を叩いた。
「ここに来ていたのか?お前」
「・・・」
雫は何かを言いかけて、頷いた。
「この森のどこかに青い鳥が?」
彼女は僕の視線を捕まえて、微笑んだ。
そして、今度は雫の方が僕の肩を叩いて言った。
「行こう。ここがゴールじゃないはずよ」
「え?ちょっ」
聞き返す前に、雫は再び歩き出していた。
一瞬本気で考え込んでしまったが、なるほど。ここはまだ、あの頃の僕らが目指していたゴールじゃない。僕は急いで雫の隣りにつくと、彼女と肩を並べて頂上を目指して足を進めた。曲がりくねった道、直線が続いて、また折れる。
思い出さなくても、覚えているものだ、と思う。始めはとても懐かしさを感じていたものの、今では昨日も来たような感覚さえ僕の中にはあった。
ゴールには、それから十分もかからず辿り着くことが出来た。
途中、ほんの少し草で埋もれていた道は僕が手でかき分けて進んだ。そして頂上へ登りつめた時、一陣の冷たい風が僕らをなでていった。僕は驚いて目をつむり、そして去ったのを確認すると再び瞼を開いた。瞬間、思わず息を飲み込んだ。
両方の瞳に飛び込んできたのは、広大な夜の闇に漂う無数の光たちだった。光の粒子が、まるで僕の手のひら一つに収まりそうなほど小さく、広がっている。
「すごい」
自然と、僕の口から言葉がもれた。
考えてみれば、何度もここへきた中で夜中に登った記憶は一つもない。あの頃はいつも昼間や夕方の景色を見下ろしていたから、今日の景色は生まれて始めて見るものだった。
「綺麗だね。ここから見下ろす夜景って」
風で乱れようとする髪を片手で抑えながら、雫が呟いた。
「あれ?今までもここにきたことあるんじゃないの?」
彼女は首を振った。
「きてないよ。私がきたのはふもとまで。ここは絆ときたかったから我慢してたの。結構つらかったよ。ダイエットして甘いものをたっている気分」
他の誰とでもなく、僕ときたかった。少しはうぬぼれてもいいのだろうか。
肩をすくめて笑う雫を見ながら、僕は思った。もしも、ここで雫が好きだと告白したら、いったい彼女は何て答えるだろう。少なくとも、僕のことを悪くは思っていないのだから、結果は微妙だ。だったら告白してみれば、ともう一人の僕が囁いていた。いつかはそうするつもりだったんだし、この夜景も感動するほど綺麗で、雰囲気作りは完璧だ。