***君の青 E***-4
物語はそこから始まるのだ。が、実はそのコイン。神が奇跡を起こす時に使うものだったのだ。
本来ならば神に救いを求めるものを神自身が考え、選んでコインを落とすのだけれど、偶然にもそれが誰を選ぶことなく地上へ落っこちてしまった。そして、それを拾った三人の主人公の身のまわりに信じられないようなことが起きるというロマンスストーリーだった。そして、その物語は最後にこうつづられて幕をとじた。
『天使がコインを地上へ落としたのも、偶然ではなく神の意志だったのかもしれない』
僕はこれを見終わった直後、感動の波が一気に訪れ不覚にも目頭が熱くなってしまった。けれど、同時にこうも考えた。もしも本当に神様がいて、その奇跡のコインが存在するのなら、ぜひこの悩める子羊、久世絆にも落としてもらいたいものだ、と。
また、この映画を見ようと言い出した肝心の雫はというと、映画がエンディングに近づくにつれてあくびを連発していた。別に暇だったわけでも、眠かったわけでもない。感動して落とした涙をあくびによるものだとごまかすためにやったことだ。付き合いが長いから、それくらいは分かる。
映画館を出ると、僕は思いっきり深呼吸をした。外の空気は冷たくて気持ちがいい。
「おもしろかったなぁ」
と、僕が言うと、
「うん。でも、あんまし感動はしなかったなぁ」
雫が目を赤くして笑う。
僕らは階段を下り、街へ出ることを決めた。
さっき入る前にした約束を守るためだ。
「街まで少し距離があるな、タクシーで行く?」
「んーん。歩いていこう。ゆっくりと」
雫が肩をすくめて笑った。
そして僕らは、そこから歩くことにした。いつもなら居間でしている話をしながら、ゆっくりと。
二人が街へ出たのは、それから三十分くらい経ってからのことだ。近くまでくると、空が街にある無数のネオンでぼんやりと照らされ、近づくにつれてその明かりははっきりとしていった。彼女が僕に何を買って欲しいのかは知らないけれど、言ってみればこれは僕から雫へのプレゼントだ。だから、今回はなんでも好きなものを買ってやろうかと思っていた。
「私の欲しい物はねぇ、すぐそこのお店にある物なの」
そう言って彼女が指差した先には、周りの建物と比べてとても小さな店があった。
見たところ時計屋のようだが、この時間であいているのだろうか。けれどよく見ると、中から小さなオレンジ色の光が目に出来る。
気味の悪さに後込みしている僕の気持ちをよそに、彼女はつかつかと店の前まで歩いて行った。
僕も少し遅れて店に走り寄ると、雫がカラカラと店の戸を開けた。中は外見と違って立派なものだった。三つの大きなガラスケースの中にはいろいろな種類の腕時計、壁には大小さまざまな掛け時計が並んでいる。そして、驚いたことにその時計のどれもが始めて見るものばかりだった。今流行している型の類は、一切置いていない。
どれもほとんど芸術作品のように、ここの個性を輝かせている。
僕は興奮の色を瞳に宿しながら、雫の顔を見た。
「すごいでしょ。これね、全部手作りなのよ」
やっぱりそうか。見たことがないはずだ。
けれど、と辺りを見回す。店員さんはどこだろう。
「おじいちゃーん。頼んでおいたもの出来てる?」
「出来てる?」
雫が叫ぶと、奥の戸がすぅっと開き中から小さな小さな老人が顔を出した。
顔中しわしわの背中の曲がった人だった。僕は彼に軽く頭を下げて、雫の耳元に顔を持っていって呟いた。
「寝てたんじゃないのか?」
「いいの。いいの。お店が開いてるうちは仕事だもん」
彼女は老人にも聞こえそうな声で言った。本当に、こいつは。と、苦笑すると老人はしわくちゃな顔をもっとしわくちゃにしながら笑った。
「おお。おまえさんかい」 と、老人は言った。
「おじいちゃん。私の時計出来た?」
雫が訊くと、老人は、
「うん。うん」
と、頷きながら、手元にある木の引出しから紙袋を一つ出してきた。僕らは老人に近寄り、それを覗き込んだ。時計だった。しかも、ただの時計じゃない。真中にある時針と分針以外は全て木で出来ているのだ。しかも何て繊細な掘り方なんだろう。僕は吸い寄せられるように、さらに顔を近づけた。
「・・・これは」
そして思わず息を飲んだ。