恋人達の悩み9 〜secretly concern〜-1
一月一日、元旦。
ぱん、ぱんっ
お賽銭を投げ込んでから作法通りに手を打つと、龍之介は奉られている神様へ脅迫紛いの頼み事をした。
『……と、いう訳ですのでよろしく』
頼み事が済んでから、龍之介は傍らにいる美弥の様子を窺う。
可愛くて仕方ない恋人は眉間へ僅かに皺を寄せ、何やら真剣に願い事をしていた。
表情から内容を推し量る事はできないが、真剣な様子が龍之介には微笑ましい。
しばらくして、美弥が目を開ける。
「さて……やる事は済ませたし、兄さんのとこに行こうか?」
龍之介が尋ねると、美弥は首を縦に振った。
「そうね」
「あったかいの準備して待ってるらしいから、早く行こう」
寒そうに体を揺らすと、龍之介はそう言う。
新年早々からバレンタインに向けた料理を試食してくれという話を受け、二人はこの初詣を済ませたらその足でラ・フォンテーヌまで出向く事が決定していた。
「……そんなに寒い?」
首をかしげて美弥が尋ねると、龍之介は苦笑する。
「寒くないの?」
「……寒い」
店内に入った美弥は、大きく息をついた。
「あ〜、ぬく〜い!」
「いらっしゃいませ」
店内に入ってきた二人を見るなり直ぐさまやってきたウェイターが、美弥がコートを脱ぐのを手伝ってくれる。
振袖でフレンチレストランは大変そうだったので、今年の初詣は残念ながら防寒仕様のぬくぬくな服装をしていた。
「オーナーがポトフ煮込んでたから、きっとご相伴に預かれるぞ」
ウインクしながらそう言うと、宮子はオーナーと竜彦へ二人の来店を知らせるために厨房へと引っ込む。
二人は、見晴らしのいい席に陣取った。
正月休み中のフレンチレストランだから当然ながら客はいないし、好きな所がどこでも選べる。
「やあ、いらっしゃい」
銀色のワゴンへほこほこと湯気を上げる鍋と食器を乗せて、オーナーがやってきた。
「外は寒いからな。店内にいるうちは、ぬくぬくしてるといい」
そんな事を言いながら、オーナー自らポトフをサーブしてくれる。
やや大きめにカットされた野菜がごろごろ入った、見ているだけで美味しそうなスープだ。
じるっ、と美弥がよだれを啜り上げる。
お皿にポトフを取り分けると、オーナーはマスタードを入れた小皿を差し出した。
「いただきます」
龍之介は、マスタードを貰う。
美弥は、そのまま食べる事にした。
『いただきま〜す』
熱々のポトフに、二人はスプーンをつける。
「……ん」
「んまっ!」
心底嬉しそうな笑みを浮かべ、美弥はポトフを頬張り始めた。
美味しい物を食べている美弥の笑顔は本当に幸せそうで、作った人は『あぁ作ってよかったな』と癒される。
オーナーもその例外ではなく、細い目を更に細めて美弥を見ていた。
時間の経過と共に強くなる事はあっても衰える事がない嫉妬と独占欲が、龍之介の胸の中でちくちくと騒ぎ出す。
そんな龍之介のざわざわした眼差しに気付いたか、美弥が目を上げた。
視線が絡み合うと、美弥はふっと微笑む。
瞬間、ざわつく感情が鎮まった。
美弥はちゃんと、自分を見てくれている。
そう思うと、嫉妬と独占欲が急に馬鹿らしく感じられた。
何と言っても、子供じみている。
――新年早々からポトフを掻き込み、二人は冷えた体を暖めた。
そして出てきた本日のメインイベント、竜彦の試作デザート第一弾。
「フォンダンショコラだ〜」
あうぅ〜、と涙目の美弥がため息をつく。