堕天使と殺人鬼--第6話---1
車内はすっかりと静まり返っている。恐らく、まだ意識があるのは自分だけだろう。
オリジナル・バトル・ロワイアル
堕天使と殺人鬼 --第6話--
〜少女の願望篇〜
車内に大量の睡眠ガスが充満しているにも拘わらず、美吹ゆかり(女子十六番)はまだ辛うじて意識を保っていた。
ゆかりは元々眠りが浅く、普段からかなりの量の睡眠薬を服用しているため、通常の生徒よりは睡眠ガスに対して免疫が付いていた。しかし、ゆかりが意識をぎりぎりで保つことができているのは、それだけではない。殆どは、彼女の気力によるものであった。
ゆかりが襲い来る睡魔に素直に身を委ねないのには、彼女にしか分からない、ある訳があるからだ。これは、ゆかりだからこそ抱く願望で、その理由も意味も、恐らく誰も理解することなどできないだろう。
ゆかりは、実はもう随分と前からこのクラスがこうなることを知っていた。父親が大東亜政府の有力権利者なのだ。全ては教えて貰えなかったが、どのようにしてこの?ゲーム?が進行するかなど、あらゆることを今日まで教え込まれた。睡眠ガスによって眠らされた後に、バスで目的の場所まで強制連行されることも勿論知っていた。
ゆかりはこのゲームで、良からぬことを企んでいた。それは――彼女の立場を考えれば、寧ろ当然のことかも知れない――クラスメイトへの、復讐である。
これはゆかりからしてみれば、自分を主役に置き換えた一つの物語であった。クラスで異質に扱われている、一人の女子生徒による復讐劇――主役である自分は、全てを見届けなければならないのだ。物語の始まりから、終わりまでの経緯を全て、理解しなくてはならない。それが――あたしの義務である。
これが未だにゆかりが気力を保っていられる理由であった。
ゆかりは重たい頭を無理矢理動かして、辺りを確認する。深い眠りを旅している、憎きクラスメイトたちが朧げな瞳に映し出され、彼女は無意識の内にぞっとしてしまうほど美しい冷笑を浮かべていた。
隣で眠っている林道美月(女子十九番)の身体を押し退けて、ゆかりは更に移動する。確か――自分が最も憎むべき奴らは、最後尾に座っていたはずだ。その憎らしい寝顔を、ゲームが始まる前に一度拝んでおきたい――そう……もう少し、もう少しで待ち望んだ夢が叶うのだ。
ゆかりは自分の願望が叶う喜びと、思考能力の低下から、ここで通常では考えられないような失敗を侵した。見回りを開始したバスガイドに、まだ自分が意識があることを主張してしまうことになってしまったのだ。
背後に忍び寄るガスマスクを装着した女性の存在に、ゆかりはまだ気付かない。しっかりと椅子にしがみついて、身体を支えるゆかりの背後からベージュ色の腕が延びて来て、ゆかりの口元を押さえた。鼻の奥に、薬品の臭いを感じる。
驚きながら、必死に口元を押さえ付けている手を引き剥がそうともがくも、結局は、無駄な抵抗であった。――まさか……そんなことって。
自分の失敗を恨みながら、美吹ゆかりも、ここで完全に意識を手放したのだった。
【残り】--三十八名--