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堕天使と殺人鬼
【二次創作 その他小説】

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堕天使と殺人鬼--第5話---2

 美月の肩越しに、ゆかりの美しい横顔が少し覗いている――この時、晴弥はふとした違和感を覚えた――先程まで頬杖を付いていたはずのゆかりは、肩を縮めて、瞳を閉じていた。いつの間にか眠ってしまったようだ。
 しかし、晴弥が本当の意味で違和感を覚えたのは、ここからだった――最後尾席周辺であれだけ騒いでいた不良グループの面々の声が、今は殆ど聞こえないのである。それだけではなかった。全体的に賑やかだったはずの車内が、今では嘘のように静まり返っている。聞き取るのも困難な、囁くような会話が小さく耳に入るだけだった。
「……なあ、アキラ?」
 晴弥は思い切ってアキラに声を掛けてみた。それで気付いたのだが、何故か自分の声さえも、囁くようなものになっていた。
 アキラが大きく欠伸をして、ダルそうに身体を揺らして晴弥を見た。
「……晴弥」消え入りそうな声で、アキラが呟いた。「なんか、おかしいぞ。」
「おかしい、って……」
 アキラの肩越しに見える美月は、すでに眠る体制に入っているようだった。晴弥も自分の瞼がやけに重く感じて、促されるように瞳を閉じた。
「晴弥、目を閉じるな! 開けろ!」
 アキラが全く力の篭ってない叫び声を上げるが、すでに晴弥の思考は廻っていなかった。アキラの言葉の意味さえも、理解できない。
 ただ、ふと、先程の囁くような会話さえも今は全く聞こえないことに気が付いた、が――晴弥にとっては、すでにそれはどうでも良いことだった。
「……限界。おやすみ、アキラ。」
 そこで晴弥の意識は完全に途絶えたのだった。


「晴弥! おい、晴弥っ!」
 何度呼び掛けても、隣に座る水樹晴弥は何も反応を示さなかった。この僅かな時間では有り得ないほどに熟睡している。
 都月アキラは唇を噛み締めて自分にも襲い掛かってくる睡魔に対抗すると、前の座席にいる飛鳥愁と沼野遼の状態を確認しようとした。しかし、すでに自分の身体を動かす力さえも奪われていることに気付く。脳が、麻痺しているようだった。なるほど、これは――睡眠ガスだ。
 アキラは動かすのも困難になっている思考回路を無理矢理廻そうと試みる――何故、自分たちがこんな目に――異常だ、そう異常なのだ。これは異常すぎる――いったい、何故――誰が、なんのために――彼の脳裏に、この時ある単語が浮かび上がった。
 アキラの脳裏に過ぎった、それは――この大東亜共和国の住民なら知らない者はいない、我が国に古くから存在する、至上最悪な法律の名称であった。いや――しかし――まさか――そんなことに――自分たちが――あるはずなど……。
「ちくしょう……っ」
 そう呟いて、都月アキラの意識もまた、完全に途絶えたのだった。


 このクラスの誰かが、始めから一つの可能性をある程度考慮していたのなら、恐らく、気付いていただろう。気付いたところでそれは、どうにもならない事実だったが。
 この時――担任の隣に座るバスガイドと、サイドミラーに写し出された運転手の顔には――奇妙なマスクが装着されていたのだった。





【残り】--三十八名--


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