doll T-1
一人の少女は夢を見ていた。その中で彼女は何かを追い掛けていた。
少女の顔は影になっていて見えないけれど、彼女がなぜかひどく慌てているのが分かった。
『待って』
追い求めて必死に走るが、その何かとの距離は離れていく。手を伸ばそうとしたところで彼女の目の前は暗転し、世界は遠ざかっていった。
『 doll T 』
『っん。夢?』
智花は今年東京に上京したばかりの大学生。帰省する電車の中、心地よい揺れで彼女は眠っていた。
さっきまでの不思議な夢を思い出そうとするが、夢というのは元来そういうもので結局思い出すにいたらなかった。
気が付けば窓の外で雪が積もり、路面が凍っていた。天気がいい今日は山が懐かしい雪化粧をはっきりと見せてくれる。
上京してから久しく見ていなかったこの景色に智花は見入っていた。
まもなく駅に着き、下りると口から漏れるわずかな呼気さえも白く、身体の芯まで冷えていくのを感じていた。
冷える手をコートのポケットに突っ込み、足早に改札口へ迎う。
無機質な階段をこんな時間に歩くのは夜行列車に乗ってきた彼女くらい。静かな駅構内に足音が一定のリズムで奏でられた。
階段をあがった先では早番の駅員が眠たそうな顔をしながらいるのが見える。智花は切符を渡し、正面口に迎った。
智花が向かった先には懐かしい人影が見えた。それは彼女の高校時代の同級生たちだった。
『あっ。智花。おかえり』『おかえり。智花』
『湊。裕奈?』
高校時代の子供っぽい雰囲気から、大人っぽくなっていた彼女たちの姿を見て智花は思わずどきっとしていた。
逸る気持ちを押さえつつも歩を速め、智花は湊と裕奈のもとに向かった。
『ただいま。湊。裕奈』
智花は自分の家へ帰ってきた気がした。
『寒い中話し込むのもなんだから裕奈の部屋に行こう?』
話を切り出したのは湊だった。裕奈は地元の専門学校に進学し、一人暮らしをしている。智花はこの休みの間、裕奈の部屋にお世話になることになっていた。
数日前から、帰省していた湊はもう裕奈の部屋に入り浸っているようだった。
『うん。そうだね。久しぶりにこの寒さにあたって、風邪引いちゃいそうだもん。』
『じゃあ、早く行こうよ。あたし智花のこと待ってたら身体冷えちゃったよ。』『ごめん。ごめん。』
三人は駅の正面口の階段を降りていた。裕奈の部屋は駅からそう遠くなく数分で辿り着いた。
『おじゃましまーす。って、えぇ!?ここが裕奈の部屋?すごい。あたしの部屋なんかと大違い。』
智花は裕奈の部屋に入ると周囲を見ては回っていた。
『智花。なんたって裕奈のお部屋なんだよ。智花の部屋とは比べものにならないよ。』
裕奈の部屋が整然とした様子であることに智花が驚いていると、湊はまるで自分の部屋が誉められたように言う。
『確かにあたしなんかと比べものにならないけど、湊だってあたしとたいして変わらないでしょ?』
智子がそう言うのも、高校時代から智花と湊は整理整頓が苦手だった。智花は気にしないでいると部屋の隅に洋服の山ができてしまうし、湊は本を本棚に戻す前に机の上で散らかしてしまう。そんな二人とずっと付き合ってきた裕奈は元から綺麗好きかつ世話好きであったので裕奈が片付けをしていた。