***君の青 D***-1
僕が彼女への思いを捨てきれていなかったことに気が付いたのは、数日たったある日の晩だった。
その日は、二人だけの座談会がいつまでたっても終わらないことから、きりのいいところでいったん取りやめ、明日に持ち越して今日はもう寝ようとお互いがそれぞれの寝室に入った。けれど僕は、今までで一番の熱弁だったためか、目がさえてしまってどうしても眠る気になれずにいた。それでもこのまま起きているわけにもいかず、僕いつもどおり、ベッドの中へ足を滑らせ上半身を起こした状態のまま部屋の明かりを消した。僕の部屋は大きな窓から月明かりが直接入り込むので、電気を消しても暗くはなく、そのままでも十分動きがとれる。
冬の月は、太陽とは逆に他の季節と比べても一際大きく感じることが多い。
今夜は、その中でも特別大きく感じた。
まん丸な月を中心に、まるで波紋のように光の輪が二重三重と広がっている。
僕は枕もとにおいてあるリモコンを手にとり、コンポに向けてボタンをONにした。ランプが赤に変わったのを確認してから、CDのボタンを押す。と、数秒の間を開け、両サイドのスピーカーからは、眠りを誘う、まるで春のせせらぎのような静かで優しい歌声が四角い部屋の中をまんべんなく泳ぎだした。
僕はベッドの上に転がり、クレーターの影が見えるほど大きな月を真下から覗き込んだ。あれが、太陽からの光を受けて輝いているなんて・・・と、思う。
何人もの学者が、月は太陽の光で輝いていると弁論しても、その内の誰かが、「いや、月は自分で輝いているんだ」と言ったなら、僕はそっちをきっと信じていただろう。
上体を起こし、窓を全開にして顔を突き出してみる。雪はなくとも、やっぱり冬だ。凍てつく風が、そっと僕の頬を撫でていく。風を抱いたカーテンは小さくひるがえり、また元に戻る。それを繰り返していた。
「これで、どうして雪が降らないんだろう」
と、空を見上げる。
ちょうど曲が二曲目に入った時、背中の方でカチャリとドアの開く音がした。
驚いて振り向くと、パジャマ姿の雫が立っている。しかも、片手には自分の枕を抱いて。
「ど、どうしたんだよ。お前・・・。そんな格好で」
僕は床に足を付いて言った。雫は片手で目をごしごししながら、こっちに向かってぼそぼそと何かを呟いている。
「寝ぼけてるのか?」
そう言って僕が、立ち上がろうとベッドへ両手をついた時である。彼女が足早に近づき、なんと、僕の掛け布団の中へもぐりこんできたのだ。焦ったのはもちろん僕の方だ。
「お、おい」
「一緒に寝よ」
「こら!な、何言ってるんだよ!」
無理やりにでも締め出してやろうとしたが、遅かった。
彼女は僕の隣りをちゃっかり確保すると、そこへ枕を置き、そのまま眠りに入ってしまった。
「一体どうしたってんだよ。おい、しぃずぅくぅ!」
小さな肩を揺すると、彼女は薄目で僕を見上げた。よく見ると、頬が濡れているように見える。泣いたのだろうか。
「ここで寝てもいいから、理由くらい言ったらどうだよ。急に潜り込んでさ」
「夢を、見たのよ」
「どんな?」
「絆がアヒルに食べられた」
「・・・・・」
ガクリときた。でも、気持ちは・・・分からなくもない。そう、そういうものなのだ夢というのは。見た者を、完全にその世界に引きずり込むという不思議な力があるのだ。特に、身も凍るような恐ろしい夢は・・・。その世界では、確かに恐ろしい経験をしてきた。けれど朝になってよくよく考えてみると、なんだ・・・そんな事で何を怖がってたんだ、と笑ってしまうことがある。今の彼女がま・さにそれだ。僕にとってはとても馬鹿らしい夢でも、雫にとっては身の毛も・ よだつ、涙で頬を濡らすほどの恐ろしい夢だったのだろう。