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■LOVE PHANTOM ■
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***君の青 D***-2

 「それにしても、アヒルがねぇ」  僕はあごをしゃくりながら、彼女へ視線を落とした。
 「よっっっぽど大きなアヒルなんだろうな」
 僕は一人、笑いをかみ締めた。
 小さな頃から雫の気の強いところばかり見てきたから、それだけかと思ったら。
なんのなんの、こいつにもそれなりにかわいいところがあったのだ。
 「明日からかってやろう」
 呟きながら僕は、布団の奥へ足を伸ばすと、枕へ頭をのせた。一息ついて、横を見る。勢いよく飛び起きた。
 冗談じゃない!と、もう一度横を見る。雫が、僕の方を向いて寝ていたのだ。
起きてみれば何の事はないのだが、さっきは彼女の顔がしゃれにならないほど近かったので驚いた。心臓が未だにバクバクいっている。
 「ったく。こいつの部屋で寝るか」
 短いため息と一緒に、ふと見下ろすと、雫の片方の手が僕の袖をしっかり気にっているのが見える。僕と比べて、本当に小さな手だ。無意識のうちに握ったのだろうか、再び怖い夢をないように。
 「・・・身動きも出来ないのか」
 僕はもう一度、短いため息をついた。
 枕をヘッドボードに立てかけ、そこに背中をつける。雫の前では迷惑な振りをしたが、こういうのも悪くない。僕は、彼女の寝顔を見つめた。
 この顔を見ていると、あの日のことが、まるで昨日のことのように鮮明に思い出せた。そう、雫が別れを告げにきた、あの冬の日のことを。
 
 中一も終わりの冬、その日は朝から大雪注意報が出され、外は一面銀世界だった。
 雫が、「OZ」へ最後に顔を出したのはその日の昼過ぎだ。
 ブラウンカラーのコートに淡いグリーンのマフラー、長い髪の毛には、黒に赤で何やら細かく編みこんだ模様のカチューシャをつけていた。
彼女はいつになくご機嫌な様子で、店に入ってくるなり僕の名前を呼んだ。いつもはカウンターによってから、親父やおふくろを通して僕を呼ぶのに、その日は何故か特別急いでいるふうでもないのに大勢のお客さんの中で僕を呼んだのだった。
 僕はすぐに居間の扉を開け、店に顔を突き出して言った。
 「あんまり大きな声で呼ぶなよ。恥ずかしいなぁ」
 「大丈夫。これが最後だから」
 まるで楽しいことでも話すかのように、彼女はそう言った。
 僕の口から、え、という声がこぼれる。
 雫ははなをすすると、並びのいい白い歯を見せてニッと笑った。
 「パパ、転勤なのよ。だから家族全員で引っ越すんだ」
 「どこへ?」
 驚きが隠せなくて、声が大きくなる。雫は首を振った。そして、僕が彼女へつかつかと近づくと、まるで反発する磁石のように後ろへ身を引いた。
 「何で、言えないんだよ」
 声が、震える。
 行くなよ・・・。その言葉が喉元まで出かかって、僕はそれを飲み込んだ。
 「それを伝えに来ただけだから、じゃね・・・」
 雫は軽く手を上げると、すぐに僕へ背を向けて歩き出した。突然の、しかも一方的な別れだった。
 「行くな」「行くなよ」「もう一度こっちを向けよ」僕の口の中がたくさんの言葉で埋まっていく。お前が好きなんだ・・・、だから・・・。いつか伝えようと思っていた言葉が、体の中を循環する血液のように、熱く指の先まで巡っていく。けれど、決してそれが表へ出ることはなかった。告白する勇気なんて、しょせん僕は持ちあわせていなかったのだ。何も言えず、呼び止めることも出来ない自分に苛立ちを感じながら、僕は唇をきつく噛んだ。
 何か言わないと、なんでもいい、これでもう二度と会えなくなるのだけは絶対に嫌だ。
 「雫!」
 僕は振り絞って言った。同時に、雫の足も止まる。
 「・・・雫」
 二度目の呼びかけに、彼女はゆっくり振り向いた。  一瞬、悲しげな色が瞳の奥からのぞいたが、それもすぐに笑顔に変わった。
 「あ、あの」
 呼び止めたまではよかったけれど、それにつながる言葉が見つからない。
 こんな時に限って、と僕がうつむきかけた時だった。
 「絆」
 と、ふいに雫が僕の名前を呼んだ。
 「な、なに」
 僕は慌てて顔を上げた。
 「青い鳥の本、借りていくね」
 「は?」
 「じゃあ、またね」
 その言葉を最後に、今度こそ振り向くことなく雫は店を出て行った。


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