『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-9
「ああ、そりゃもう大歓迎や」
病院から帰った夕方。今日は桜子の実家が経営している中華料理店“蓬莱亭”が定休日なので、夕食のテーブルには久しぶりに、桜子と姉の由梨と、その夫で義理の兄である龍介の三人が揃っていた。5年前に姉妹の父・又四郎は鬼籍に入っていたから、蓬莱家はこれで一家勢ぞろいとなる。
『お兄ちゃん、あのね……』
早速とばかりに病院での顛末を説明し、草野球チームでは“代表”となっている龍介に例のお願いをしていた。
先にも少し触れたが、関西出身の龍介は人情味に溢れ、面倒見の良い好漢だ。由梨と所帯を持ち、旧姓の“赤木”から“蓬莱”に名字が変わるまでは天涯孤独の身だったから、家族を得た今は、その絆を大事にしていこうという気持ちは人一倍強い。
従って、大事な家族である義妹・桜子の頼みを、彼は一も二もなく受け入れていた。
「ユニフォーム、用意しとかなあかんな。サイズはどんなもんか、わかるかいの?」
「えっとね……新村さんぐらいだった」
「じゃあ、新村にスペアのユニフォームを借りとくわ。背番号も、張替えとかないかんし。野球をしとったんなら、グラブは大丈夫やな」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
桜子の義理の兄・龍介は自分で草野球のチームを結成してしまうほどに野球好きである。だから、同じ野球好きの妹・桜子とは話が良く合った。
もっとも、桜子が無類の“野球好き”になったことの因子を作ったのはこの龍介なのだから、それも頷ける話である。
龍介と蓬莱姉妹との縁は、彼が大学生だった頃まで遡る。
住み込みで“蓬莱亭”のアルバイトをしていた龍介は在学中、クラブ活動として軟式野球部に所属していた。その軟式野球部は、東日本軟式野球推進協議会が設立した“隼リーグ”と称される本格的なリーグ戦に参加しており、彼もその中で野球に汗を流していたのだ。
『お兄ちゃんのホームラン、すっごくカッコよかったんだもん!』
後にも先にも、龍介がその“隼リーグ”で放った公式戦唯一の本塁打。奇しくもそれを球場で直に見ていた桜子は、観衆の声援を一身に浴びながらベースを廻る龍介の姿に感動し、野球に大きな関心を持つようになった。龍介のいるチームのエースが女性で、男顔負けの活躍をしていたというのも、桜子の興味をひいた理由にもなろうか。
とにもかくにもそれ以降、暇を見つけては龍介にキャッチボールをせがむようになり、バッティングセンターに共に通うようになり、気がつけば桜子は骨の髄まで野球が好きになっていた。ついでに、桜子が応援するプロ野球のチームが、龍介の溺愛する“浪花トラッキーズ”になってしまったことも付け添えておこう。
環境というのはまこと、人に大きな影響を及ぼすものである。
「………」
野球に詳しくない由梨は、二人がその話で盛り上がってしまうといつも蚊帳の外に置かれてしまう。懸命にその輪に入ろうとして、一時期は野球を勉強していたのだが、どうしても理解することが出来ずに断念し、今では隙を見つけて横槍をいれるのが精一杯だった。
(むぅ〜)
基本的に、夫・龍介に対しては大きな度量と理解がある由梨なのだが、度が過ぎると拗ねてしまう可愛い女の一面も持っている。
「…でも、桜子も隅に置けないわねぇ」
「な、なんで?」
桜子の様子にちょっと気になる点を見つけた由梨は、早速とばかりに話を振って、自分も入れる“話の輪”を創りにかかった。
「桜子にとって、初めてのボーイフレンドだもの……お姉ちゃんは、そっちがとても気になってるの」
「そ、そんなんじゃないよう! お姉ちゃん!!」
姉の茶々に、桜子の顔が茹であがった。
「草薙君とは病院で知りあって……なんだか元気がなくってさ……野球をしてたって言うから、それでスッキリできたらいいなって、あたし、そう思っただけなんだって!」
とりあえず、事実である。愛らしい童顔が、何処か沈んだ様子だったのを見て、なんとなく放って置けなくなったというのは…。
「でも、気になるんでしょ?」
「あくまで“友達”として!」
まだ出逢ったばかりだから、“友達”と言い切ってしまえるほど、本当のところは親密にもなってはいないのだろうが、こうでも説明しないと姉の攻撃はいつまでも続きそうだった。
「ふむ……」
その様子を見ていた龍介が、急に真剣な顔つきをする。
「桜子ちゃんのボーイフレンドがワイの目に適う“好い漢”かどうか見極めんといかん。こりゃあ、日曜は大事な日になりそうやな」
「お、お兄ちゃん!」
まさか龍介までもが由梨の援護に廻るとは思わず、桜子はますます顔を茹らせながら必死の弁明に努めるのであった。