『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-78
「突然、男の人が住み込みで働くことになったものだから、わたしは結構、抵抗があったのよ」
「そうなの?」
「あなたは最初から、“お兄ちゃん、お兄ちゃん”って、龍介さんになついていたけれどね」
「あ、あはは」
幼い頃の話を姉からされると、とにかく恥ずかしい。母にも等しいこの姉に、ミルクやおしめ、おねしょの世話をされ続けてきたから当然だろう。
ちなみに桜子が完全に“おねしょ”をしなくなったのは、小学校3年生になってからである。一般の統計と照らし合わせると、少しばかり遅いといえる。
(ちょっと! そんなこと、みんなに言わないでよぅ!)
何か聴こえたが、構うまい。……さあ、続き、続き。
又四郎は初めから龍介を頼りにしていたし、桜子は既に“お兄ちゃん”と呼ぶぐらい彼を慕っていた。
さすがに飲食店関係のバイトを重ねてきたというだけあって、龍介はすぐに蓬莱亭のメニューを覚え、その愛想の良さと明るさも加えあっという間に常連の客ともなじんでしまった。又四郎が彼に対する信頼を、更に高めたのは言うまでもない。
『親っさん、このボン、後継ぎか?』
『由梨ちゃんにいいムコができて、よかったなオヤジ!!』
『………』
最初は、慣れない男性に対する抵抗感から、龍介と距離を置いていた由梨も、いつしか心から彼を頼るようになり、そして、父を手伝う中で自らが編み出した、一度で大量の料理を運べる“秘伝の技術”を教えるなど、深い部分での交流を重ねるようになった。
「わたしがオナニーをするようになったのは、その頃」
「え!?」
龍介が蓬莱亭にやってきたのは、今からおよそ10年前ぐらいだ。高校を卒業した姉が蓬莱亭で本格的に働き出して数年も経たない時期だから、彼女が二十歳になるか、ならないかというところになるだろうか。それまで自慰をしなかったというのは、かなり性に遅れている。今の姉からは、信じられないことだ。
「行為そのものは知っていたけれど……やったことは、なかったの」
性器に触れることは、トイレや入浴の際には必ずある。しかし、それは生理現象の処理であり、身体を洗うという行為であり、それまで由梨は特に性的な情を催すことなどなかった。
「だけど、龍介さんが……あの人が、夢に出てくるようになってから、わたしの体は熱いもので満たされるようになった」
女子高時代、傍から聴こえてきた女生徒達の猥談そのままに、龍介になぶられる夢を何度も見て、体を熱く火照らせるようになった由梨はたまらなくなり、自らの指で自らを慰め、性衝動を処理した。強烈な恥じらいもあったが、それ以上の心地よさに彼女は魅せられた。
龍介への思いを秘めながら、夜毎、指を蜜に濡らす由梨。
「もう、どうしようっていうくらいオナニーばかりしていたわ。龍介さんに、色んなことをされているのを想像しながら、何度も、何度も……」
姉の頬が、紅潮してきた。その時の官能を、反芻しているのだろうか。
「そういえばお姉ちゃん。あの時、よくヘンな声を出して寝てたね」
「うふふ。やっぱり、聴こえていたの?」
「あ……うん」
由梨と桜子は当時、同じ部屋に居た。カーテンのしきりによってある程度の個別性はあったが、それでも互いの息づかいがわかるほど、そのプライバシーは薄いものだった。
「龍介さんの笑顔を見るだけで、濡れてしまうこともあったわ。そうなると、もうダメ。弄りたくて、触りたくてたまらなくなるの。まさか、仕事中にオナニーするわけにはいかないから、お昼休みの時とか、お父さんと交代した時とか、すぐにトイレに駆け込んで、指で弄って……」
「そうだよ! あの時、お姉ちゃんすごくトイレ長くて……あ」
桜子は言い出しかけた言葉を飲み込んだ。桜子が思い出したくない“三大恥”のひとつに、自分自身で触れようとしたからだ。ちなみにひとつは既出の“小学校3年生までおねしょが治らなかった”ことである。