『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-70
「蓬莱さんは、進路って決めたの?」
午前中で試合が終わり、球場を後にした二人はその後、その場で別れるには互いに忍びないものを感じていたようで、とりあえずは昼食を共にすることにした。こうなってくるともはやこれは、“デート”そのものであろう。
「あたしはね…」
応援していたチームが試合に敗れ、何処となく藍色を滲ませた雰囲気の桜子ではあったが、大和と色々な会話を重ねていくにつれ、いつもの陽気さを取り戻していた。
「あの、双葉大学が志望校なの」
「!」
そういえば、雄太が桜子に向かって投げかけた言葉を大和は思い出した。
“待ってるからよ。今度は、みんなで―――”
と、いうことは、桜子は随分前から進路を双葉大学に絞っていたことになる。そのことを雄太や品子にも伝えていたのだろう。
「そ、そうなんだ。目当ては、やっぱり軟式野球部?」
「う〜ん。一応、“勉強”っていっとかないとダメなんだろうけど、実はそうなの」
“進学”なのだから、その本文は勉学にある。その大学にある軟式野球部に入りたいから、双葉大学を選んだといえば、少なからず進路指導の教諭からは茶々が入るに違いない。
だが今は、その教諭もいない。桜子はエスカレーター式に進学できる城西女子大学ではなく、入学試験に臨まなければならない双葉大学を選んだ理由を正直に口にしていた。
「あの大学で、野球をやりたいの。屋久杉先輩や、品子さんと一緒に……」
「そうか…」
桜子の中にある確固たる信念を、大和は感じた。
双葉大学は文系であるが故に、その偏差値は割合に高い。加えて、公立という性格を持っているため、センター試験による“振い落し”も通過しなければならない。救いなのは、その対象科目が主要な国立大学のように5科の総合得点ではなく、選択式の3科になっている点であろうか。
それでもあまり、広き門とはいえない大学だ。
「草薙君は? やっぱり、進学?」
「そうなんだけど……。実は僕も、双葉大学が第1志望なんだ」
「え、え、えっ!?」
桜子が途端に、目を瞬かせる。無理もない。自分も彼女が双葉大学を受験すると聞いたときは、驚いた。
「歴史の勉強を、もう少し専門的にやってみたかったから……」
志望動機を無理に並べようとすれば、そういうことになる。双葉大学は公立ではあるが、地元で私設されている歴史学研究所と密接な関係を持っている。双葉大学の学生であれば条件付で、普段は一般公開されるまでお目にかかれないような史料も出してくれるから、史学の勉強をするにはまたとない環境がそこにはあった。
だから、歴史学に関心を持っていた大和は、双葉を第1志望に選んでいた。今のところ、合格判定は“A”をもらっている。頭の回転が速く、集中力に優れた大和は、短時間のうちに進学に必要となる学力を手に入れていた。
だが、その進路に燃えるものを感じているかと言われれば、大和は“否”と応えるだろう。少なくとも、昨日まではそうだった。
肘を壊すまでは、野球で有名な大学に進み、あわよくばプロの世界まで、と考えていた大和だ。それだけに、“野球”が外れた進路の選択に、なんの魅力も見出せていない現状があったことは、否むことができない。
『そんなことじゃあ、いくら“A判定”でも落ちるぞ』
そんな具合に、進路指導の教諭に注意を受けたこともあるぐらいだ。どうやら目に見えて、大和からはこの大学に受かろうという気迫が感じられなかったらしい。
「草薙君も、双葉を受けるの!?」
ぐい、と身を乗り出すようにして桜子から執拗に確認をされる。まさか、偶然知り合い、“友達”になったばかりの男子が、自分と同じ進路を目指していたなどと思いもしないから、桜子は少し我を忘れていた。
「そ、そのつもりだけど」
目の前に、桜子の顔がにじり寄っている。
(あ)
よく見れば、彼女は目鼻立ちがすっきりしていて、とても凛々しい顔つきである。人懐っこい雰囲気によってカモフラージュされているが、桜子は“可愛い”というよりもむしろ、“美しい”と言った方がいいかもしれない。
だが、ふっくらした双頬がかもしだすまろやかさは、どちらかといえば鋭角的なものになる“美しい”という表現を“可愛い”というものに和らげ、それが桜子の陽気な雰囲気と重なることで、得もいわれない魅力となって深奥に訴えかけてきた。