『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-66
「アウト! チェンジ!」
奇襲にやや浮き足立った感のある相手バッテリーだが、そこはさすがに1部リーグで戦い続けてきたチームだ。すぐに自分を取り戻すと、丁寧な配球で5番打者を打ち取り、1点で凌ぐ。
だが、1回の裏に刻まれた“1”という数字は、確かな手応えを双葉大の面々に与えていた。
「屋久杉先輩! ナイスヒット!!」
「おうよ!」
親指を立て、右拳を高々と掲げて雄太は桜子に応えた。
「よし! しまっていこうぜ!」
「応!!」
1点を先制した双葉大学のムードは、更に昂揚したものになる。雄太の檄に高らかな響きで応えながら守備位置に散っていくメンバーのその足取りは、軽快で清々しかった。
「蓬莱さん」
「うん?」
ようやく落ち着きを見せたので、いろいろと訊きたいことを並べる大和。
「えっとね……」
桜子は、少しだけ何かを整理するように顎に指を当てて沈黙していたが、すぐに言葉を取り戻した。
「屋久杉先輩がチームを立ち上げたとき、一番初めに声をかけたのが岡崎先輩だったらしいんだ。その岡崎先輩なんだけど、高校のときは硬式で野球をしていて、甲子園に出たこともある人なんだって」
「そうなんだ」
「確か、“陣幕学園”って言ったかな。いいところまで、行ったらしいよ。草薙君も、確か甲子園に出たことあるんだよね。だったら、対戦してるかもしれないね」
「!」
刹那、大和の脳裏に、1年生だった時の夏の甲子園大会を思い出した。
(あっ、そうか! ……あの時の、1番の人か!)
甲子園大会の準々決勝で、その“陣幕学園”と対戦した過去も、併せて大和は思い出した。これだけ色々な事象が並べば、それを連想の種として、大和が知らず引き出しにしまいこんでいた過去の出来事を思い起こさせる。
(道理で……)
センスのある選手だと思った。なにしろその試合では、陣幕学園の1番打者に打ち込まれたという覚えがある。後続を退け、味方打線にも助けられ、その試合に勝ちはしたが、打たれた記憶は何にも勝って、大和の脳裏に刻まれていた。序盤に打ち込まれ、大差で敗れ去った決勝戦に次いで、陣幕学園との一戦は苦しい試合だった覚えもある。
電光掲示で記されていた相手の1番打者……確かに、“岡崎”だった。大会でも高い率を残し、先輩たちや監督からはとにかく注意を促されていたものだ。
急に、大和は双葉大学に親近感を抱いた。先方はさすがに、この試合を観戦している自分がまさか、あの時の“陸奥大和”だと気づきなしないだろうが。
(そういう人を仲間にしたっていうことは……)
屋久杉雄太が持っているカリスマは、相当のものだということが大和には理解できた。野球で活躍した人物が、野球とは縁のない大学に進んだということは、本人にとっての“野球”は、高校時代でひとつの区切りがついたということにもなるのだろう。そんな岡崎のモチベーションを再び高め、チーム結成の軸にしたという雄太の器量は、ひょっとしたら想像しているものよりも大きなものなのかもしれない。
(………)
大和の胸のうちに、何かが湧き出してきた。肘を痛めて以来、遠ざかってしまった野球との距離が、期せずして近まってきた今の状況に、大和の中で燻っていたものが反応を起し始めている。それは、熱い夏を思い出したからということもあるだろう。
(野球がしたい)
切に、そう思った。復帰を目指して、リハビリに励んでいたときよりも強い思いが、大和の中で“芽生え”を生んだ。
「草薙……君?」
急に真摯な顔つきになった大和。桜子が声をかけたにも関わらず、彼の視線はグラウンドに張り付いたまま動かない。
(ど、どうしたんだろ……)
その瞳が、何かに燃えているようだった。初めて彼と出逢ったときの、艶を失った色合いが嘘のような光芒である。