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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-61

「蓬莱さん」
「は、はいっ!?」
「そろそろ時間みたい。行こうか」
 大和が差し出した腕時計の針は、8時半を廻っている。
「そ、そうだね……先輩たちは、三塁側だから」
「こっちだね。それじゃ……ん?」
 発券所に向かおうとしたところで、大和はとある人影を見つけた。それが単なる影であったならば、特に注意もしなかったであろう。
「あっ」
 しかし、その足取りが妙に鈍い。気になって影を視線で追っていた大和の目の前で立ち止まったその影は、不意に肩膝をつくようにして崩れ落ちた。
「く、草薙君!?」
 普段は隠れている“侠気”が顔を出し、大和はすぐにその影へと駆け出していた。
「な、なに? どうしたの?」
 あまりにも機敏だったその動きに、さしもの桜子も思考が追いつかない。桜子は落ち着かない思考そのままに、おろおろと大和の背中を追いかけるだけが精一杯だった。
「大丈夫ですか!?」
 苦しげに膝をついている影の肩を支えるように、大和が声をかける。
「え、ええ……」
 影は、若い青年だった。少し青ざめた顔が冷や汗に濡れて、右手で苦しそうに胸を抑えている。
「ここは陽が当たります。こっちへ……日陰で涼んでください」
「すみません……」
「草薙君」
 大和に倣うようにして、すぐに桜子も青年に肩を貸す。遠慮がちに二人の肩に手をかけた青年をそのまま持ち上げるようにして大和と桜子は、出屋根が作った陰の下にあるベンチに彼を落ち着かせた。
「ふぅ……ふぅ……」
 荒く深い呼吸のまま、腰に取り付けてあるバックを探る青年。その中から水が入ったペットボトルと錠剤を取り出し、慣れた手つきで口に運んで、それらを飲み下した。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ〜……」
 落ち着いたように、大きく息を吐く青年。先ほどの青ざめた顔は、血色がわずかに戻り、微かに笑みさえ浮かべて大和と桜子の方を見た。
「ありがとうござます。……ちょっと、ここが弱いんです」
 胸を親指で示す青年。
(和也と同じか)
大和は不意に、昨年病院で知り合い、今は鬼籍に入ってしまった少年のことを思い出した。そういえば、青年が服用した薬は見たことがある。心臓に不調を感じたときに、その症状を抑えるための薬だ。
「滅多にないことなんですが……陽に、当たりすぎたのでしょう」
「病院に、行きますか?」
 弱っている箇所が箇所だ。本当ならば大和はすぐにでも彼を病院に連れて行きたい気持ちがある。過去に同じ病で失われた哀しい命を、大和は知っているからだ。
「いえ、薬も飲みましたし……ここで少し休めば落ち着くと思います」
「しかし……」
 大和は躊躇った。ここで彼をひとりにしては、同じ過ちを繰り返すことになるのではないかと。
「草薙君……」
 心配そうにそのやり取りを見守っている桜子。いつもの闊達さが失われているのは、今まで遭遇したことのない状況を目の当たりにしているからだろう。
『双葉大学、守備練習を始めてください』
「あっ」
 球場からアナウンスが入る。どうやら、各チームは既に球場入りし、試合前の最終調整に入っているところらしい。
 桜子の反応を、青年は見逃さなかった。
「あなたたち、試合を見に来たんですよね? もう、始まってしまいますよ」
 僕はいいですから、と視線で訴える青年。
「でも」
 それでも大和は、己の逡巡を取り払うことができなかった。
「誠治!!」
「あっ……」
 閉塞感の漂う場の空気を震わせたのは、重低の音が利いた男の声だ。


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