『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-60
「あっ」
球場の予定表に記されている、“享和大学 対 双葉大学”の組み合わせが目に入ったとき、大和はその名前に反応した。
「双葉大学って、軟式野球部があったんだ」
知らなかった。ちなみに双葉大学は、史学・考古学では名のあるところだが総合大学ではない。そして、その双葉大学は、大和がとりあえずの進路として定めていた志望校でもある。
(偏差値は割と高いけど、そんなに大きな大学じゃないから、部活なんてレクリエーションの範囲を出ないと思っていたんだけど……)
思いがけないところで目にした名前に、大和は小さな驚きを隠せない。
「双葉が、先輩の大学だよ。野球部も、その人が創ったんだ」
「そうなの?」
「とっても、面白い人だよ。“三度のメシより、野球が好き”で、お兄ちゃんともすっごい仲がいいの」
「ふぅん……」
楽しそうに、“先輩”について語る桜子。彼女もまた、その先輩のことが相当気に入っているのだろう。“彼女がいる”と昨日の電話口で訊いていなければ、大和は露骨に嫉妬の情を抱いていたかもしれない。
「彼女さんも、お兄ちゃんも舌を巻くぐらい野球が詳しいんだよ。だから二人とも、きっと大和君とも話が合うと思うな」
「………」
“野球が詳しい女(ひと)”
大和は、やはりその範疇の中にあったかつての想い人・水野葵のことをどうしても思い出してしまう。昨晩の恥夢によって、汚してしまったその人のことを…。
「? どうしたの?」
「あ、うん……なんでもないよ」
大和は一気にコーヒーを呷った。今はこの桜子との時間を、大切にしたい。過去の影に縛られる自分を払うように、大和は大きく息を吐いた。
「いい天気だよね」
秋晴れの高い空は、何処までも青く透き通っている気がする。
「この前の日曜も、病院で逢った時もそうだったけど……。蓬莱さんといるときは、いつも空が澄んでいる気がする」
「そ、そうかな?」
妙に文学的な大和。なにやら、こそばゆい。
「空の色って、気の持ちようで変わるんだな……。あの時は、こんな綺麗な色、少しも見えなかったよ」
「草薙君……」
「蓬莱さんに、“僕が自殺するんじゃないか”って、勘違いさせるぐらいだったもんな」
珍しくも、悪戯っぽい笑みを貼り付けて大和が桜子の方を見た。彼の茶々に、桜子は心底、恐れ入ってしまう。
「も、もう……」
その勘違いで、大和を屋上のフェンスから無理やり引き剥がし、頬まで叩いてしまったのだ。その時の短慮な自分が、どうにも恥ずかしくてたまらない桜子である。
「ちょっと意地悪だったね。でも……感謝してるんだ」
「え?」
「ありがとう」
「っ」
どきっ……
空に集中していた大和の視線が自分のところへ戻ってきたとき、その清浄さをまるまる写し撮ったかのような色合いが瞳に滲んでいて、そのあまりにも純化した眼差しで見つめられた桜子は、胸がときめいた。
(あ、あう……)
どき、どき、と鼓動が止まらない。
(………)
こんなにも純粋で、宝石のような存在に思える草薙大和。
(あたしは……)
日曜の夜、そんな彼を淫らな想像の中に巻き込んで激しい手淫に耽った自分が、とても醜いものに思えてならない桜子であった。