『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-52
「油断は禁物よ」
「まったく品子は心配性なんだからよ……」
「だって、桜子ちゃんが合格できなくて、ウチにこれなくなっちゃったら、私、哀しいもの。雄太だって困るでしょ?」
「お、おう。それは、確かに」
桜子の卓抜した運動能力は二人も良く知っている。しかも、根っからの野球好きというのだから、彼女が双葉大学・軟式野球部の一員になってくれれば、大きな戦力強化に繋がるというものだ。それに、気のおけない仲間が増えるというのは純粋に嬉しい。
「絶対に受かるよ! あたしだって、品子さんや屋久杉先輩と野球したいもん!」
今は龍介のいる“ドラフターズ”で暇を見ては野球をしているが、やはり、正式なクラブ活動の中で野球をしたいという思いはある。本当なら、中学でも野球部に入ろうとしていた桜子だったのだが、そこは保守的な考え方が強いところで、女子の入部は認められず、やむをえず自分の特性を活かせるバレーボール部に入ったのだ。そのバレーボールでとんでもない活躍をしてしまったものだから、城西女子大学附属高校からの誘いを受けた。
その時はバレーボールに情熱を傾けるようになっていた桜子だったので、全国でも有名な強豪校である城西女子大附属に進み、結果として今まで野球とは平行線を辿ってしまっていたのである。
だから、アキレス腱を断裂したことは、桜子にとっては確かに不運ではあったが、それが全てではなかったのだ。すんなりとバレーボールを諦めることができ、野球への転身が図られたのだから…。
「よっしゃ! 桜子が球場でめいっぱい野球が出来るように、明後日は絶対に勝つからな!!」
雄太の闘志に、火がついたようだ。“誰かのために”ということになると、侠気の強いこの男はさらに燃える。
「もう……」
調子に乗りすぎるところが彼の欠点と言えばそうだが、そういう勢いに乗せられて双葉大学には軟式野球部が立ち上がったのだ。
そして品子自身も、彼に劣らぬ“野球好き”になったのも、そんな雄太の雰囲気を間近で感じてきた影響が大きい。
小学生の頃、あまり運動が得意ではなかった彼女は、家に篭ってばかりいる内気な少女だった。
それが、となりに引っ越してきた雄太に“白菜娘”と呼ばれ、“野菜って、太陽を浴びるとすげえ綺麗になって、しかも旨くなるんだぜ!”と訳のわからないことを言われ、なにかあるとは外に連れ出されるようになった。
初めは嫌で、厭で、仕方なかった雄太の強引さだったが、彼に導かれるようにして共に太陽を浴びるうちに、それを心地よく思っている自分を品子は見つけていた。気がつけば、自分から雄太を遊びに誘うほどに、活発な女の子になっていたのである。
雄太は、事故で死んでしまったという父親から貰ったグローブと軟式ボールを肌身離さず持っていた。その二つが、外で遊ぶときの唯一の玩具といえた二人は、日が暮れるまでキャッチボールをするようになっていた。それが、品子を野球に目覚めさせた原風景であった。
以来、品子は雄太の側にあり続けている。中学に進み、彼が野球部で活躍をするようになって、女子生徒の黄色い声援を浴びるようになっても、山のようにラブレターをもらい、その中で琴線に触れた誰かと雄太が関係を持つことがあっても、彼女はずっと彼のことを静かに思い続けてきた。高校生になってからも、それは変わらなかった。
「品子?」
「あ……」
いつのまにか、自分の思考に沈んでいたようだ。雄太のもの問いたげな顔が、目の前にある。
「どうした?」
「な、なんでもないわ。ごめんなさい」
だから、ようやくにして男女の仲となって彼の側にいられるようになった今の自分をとても嬉しく思うのだ。待ち続けた甲斐と言うものか、“俺って、今の今までものすげえ勿体ないことをしてたんだよな。品子が誰かに取られなくて、ほんとによかった……”と言わしめるほど、彼は自分を愛してくれている。
「頑張ってね、雄太」
「お、おう」
囁くように、愛しい人の奮起を見守る品子であった。
彼女は、“男の尻をたたいて、奮起を促すタイプ”に思われるかもしれないが、本当は“男を側で見守り、とことん尽くすタイプ”なのである。そのあたりは、龍介の細君・由梨に似ていると言えなくもない。