『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-277
「う、うん……じゃ、行ってくるね……」
桜子は、備え付けのバスローブを手にして、バスルームの中に身を入れた。
「わぁ……」
大きな鏡が目の前にあり、まずは、真っ赤になっている自分の顔と対面する桜子であった。
家の風呂場には、こんなに大きな鏡がないので、まるで誰かが立っているような錯覚を覚えながら、服に手をかける。 アクセントとして羽織っていたベストを脱ぎ、シャツを脱ぎ、作りの頑丈なブラを外して大きなバストを露にした。
ショートスカートのホックを外してそれも脱ぎ、ショーツ一枚身に付けただけの姿になった桜子は、鏡の中にいる自分の姿を改めて眺めてみた。
(この姿を……いつも、見せてるんだ……)
今更ながら、恥ずかしさが込み上げてくる。全身のプロポーションを、正面から、側面から、後ろ向きから、と、つぶさに確認してみる。
(日焼け……目立つかなぁ……)
もともとの肌の色が白いので、日に焼けている部分との対比がいささか気になるところではある。二の腕と首から上が、ほんのり小麦色になっているのだが、それを大和に気に入られていることは、桜子の知るところではない。
「あんまり、時間ないかもしれないし……早くしないと……」
こういう場所が、時間料金制だという知識はある。何度も自分の立ち姿を鏡で見廻していた桜子はふと我に返り、慌てたようにショーツを脱いで、一糸纏わぬ姿となった。
(夏って、お手入れに気を使うから、ここは大丈夫……)
もともと陰毛は薄い。それでも、少しでも手入れをしてあったほうが、見ている方も気分がよくなるはずと、姉の手ほどきを受け、下の毛の処理は常に万全にしている。
「う、わぁ……」
浴室に足を踏み入れた桜子は、思っていたよりも綺麗で、お洒落で、しかも広い浴槽が備わっていることに感嘆の息を漏らした。
「ほんとの、ホテルみたい……」
…いえ、ほんとにホテルですから。“ラブ”と名がついていても、です。
その浴槽に湯を張って、中で足を伸ばしてみたい気もしたが、今は時間がなさそうなので、とりあえずシャワーを浴びるだけに留めておく桜子であった。
「わっ、ここのボディソープ、泡がすごい……」
「いいシャンプー使ってるんだぁ……。髪が、ツヤツヤになるみたい……」
「バスタオルも、ふかふか……」
やることなすことに驚きを連続させながら、ようやく桜子は禊を終えた。
「こ、これで、いいのかな?」
初めて身に着けるバスローブが落ち着かず、すぐにはだける襟元が気になる。それは、豊満な胸が収まりきっていないからであり、要はサイズが合っていないのだ。
ともかく桜子は、バスルームを後にした。シャワーを浴びるだけだったというのに、自分の中では随分と時間をかけてしまった気がする。
「ごめん、待たせちゃったかな……?」
「そんなことないよ」
薄桃色の空間で、大和は静かに佇んでいた。彼はもう、バスローブに身を包んでいた。
「それじゃ、僕の番だね。行ってくる」
「うん。……あっ……ん……」
すれ違う瞬間、軽い口づけを残して、大和はバスルームの中に入っていった。
「はふ……」
のぼせたような表情で、桜子はベッドの縁に腰を下ろす。
「………」
所在無げに辺りを見廻すが、バスルームと同じように洒落た風合いの内装が、彼女の中にあった“ラブホテル観”を一変させていた。
(“ラブ”って、いうから、もっといやらしいのかと思ってた……)
おそらく彼女は、風営法に基づいて運営されている風俗施設のようなものを想像していたに違いない。もっとも、その知識も“こんな感じ”という誤解に誤解を重ねた想像でしかないわけで、結局のところ彼女は“何も知らなかった”のである。