『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-263
大学に入ってから野球を始めた者がチームに多い2部リーグでは無敵のウンイングショットになるかもしれないが、リーグ戦の盛り上がりと比例して、硬式野球出身者はもとより、甲子園出場者でさえも数多く参加するようになった1部リーグの各チームに、果たして通用するかどうか…。
2部リーグの上位にいるチームも、無策ではないだろう。それを乗り越えるだけの、投手としての伸びしろが必要になってくるが、亮の目には厳しさばかりが映ってしまう。
(ピッチャーか……)
不意に、脳裏を閃光のようによぎったものがあった。それは、最終打席の中で見せつけられた、鮮烈なストレートの軌跡である。
(………)
わずか数球でありながら、脳裏に焼け付く直球を投げてきた投手に思いを馳せる。
(陸奥大和……“甲子園の恋人”か……)
甲子園を彩る、数多有る逸話のひとつである“甲子園の恋人”が巻き起こした旋風劇。そして、マウンドから消え去った悲劇の一瞬…。
まだ体も出来上がっていない1年生のときに連戦連投連勝を重ねた結果、訪れた一年越しの悲劇は、指導者として駆け出しだった頃の亮にも多少なりと衝撃を与えた。
『痛めたのが、肩じゃないってのが救いかもしれないけどな』
その後の新聞報道で、“甲子園の恋人”に起こった故障が、肘軟骨の剥離骨折だと知ったとき、同じ記事を覗き込んでいた兄の務はそう言った。
肘の故障から投手が再起する確率はかなり高いが、肩を故障した場合は80%再起不能になると言われている。それを慮ってのことだろう。だが、肘の故障も癖になると、投手生命を絶たれる原因になるのは間違いない。
『お前さんが預かるのは、もっと体の出来ていない中学生のボウズどもなんだ。わかっちゃいると思うけど、気をつけな』
兄の忠告は、苦学の末にようやく指導者となることができて、やや浮ついた感のあった亮にとってよい訓戒にもなった。
そのきっかけというべき、“甲子園の恋人”と、まさかこんな形で出くわすことになろうとは。思いがけない場所で繋がっている人の縁の不思議さを思わせる。
(彼は、負けなかったんだ)
故障に負けず、野手に転向してでも野球を続けていた。アイドルとしてもてはやされ、浴びていた脚光をすべて失っても、彼は野球を捨てなかった。その強い思いに、亮は熱いものを胸に感じた。
(それに…。彼はまだ、投手として十分に再起できる)
対戦し、指導もしてみたことで、それは確認できた。彼が投げるボールには、確かに球威のムラは存在するが、失われていない往時の煌きがある。
野球選手としての稀有な資質は、これまでに出会った球児たちの中でも突出したもので、それこそ毎日でも指導をして、何処まで伸びていくのかを見届けたいと思わせるものだ。
勝負強さを兼ね備えた打者としての実力も然るものながら、やはり何と言っても、投手としての溢れる魅力が彼にはあった。わずかなイニングの登板で見せた、流れるような投球モーションと、しなやかな腕の振り。そして、天を翔ぶように伸びてくるストレート…。
(久しぶりだな…)
対峙した投手に対して、“バッテリーを組んでみたい”と切に思ったのは、晶に出会って以来のことだ。彼の球を受けている桜子が、とてもうらやましい。それにしても、“打ってみたい”と思うのではなく“捕ってみたい”と思うあたり、彼はやはり根っからの捕手である。
そんな教え子がいるエレナにも、指導者として羨望を抱く。だが、分はわきまえなければならない。
双葉大学の軟式野球部は、かつての盟友・エレナが指揮をとっているチームなのだ。彼女の指揮範囲を超えて、自分が大和や桜子の指導に執着してしまったら、それはチームに悪影響を及ぼすであろう。
自分はあくまで、双葉大学軟式野球部に対しては部外者なのだ。相手からのアクションがない限りは、程度を越える干渉をするわけにはいかない。
だからこそ、もしも今日のような形で臨時に指導をする機会があれば、全力でそれに応えたいと思う。
(今日の蓬莱亭は、野球の話ばっかりになりそうだ)
自分や晶と同じ指導者としての立場に立ったエレナだ。その話題が中心になるのは可能性が高いように思う。むしろ亮としては、その方向を望んでいる。そうすれば、双葉大学軟式野球部の抱えている諸問題を、遠慮なく彼女にぶつけられるからだ。