『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-247
ズバァン!
「ストライク!!! バッターアウト!!」
高めに決まったストレートは、軟球とは思えないほどの衝撃音を残して桜子のミットを貫く。その勢いに押されて、ドラフターズの9番打者は完全に腰が引けた無様なスイングで空振りをしてしまっていた。彼らには悪いが、その存在は大和の眼中にない。
(きた……!)
切に待ち望んでいた相手が、打席の中に入った。瞬間、己の中にある血流が滾ってくるのを感じた。この感覚は、肘を故障して以来、久しく起こらなかった反応だ。
勝負を楽しみにしていたのは向こうも同じ気持ちであったらしい。対峙するや、互いの視線が火花を散らすように交錯した。
(な、なに……ピリピリした感じがする…)
二人の間に発生した峻烈な空気。張り詰めた緊張感を間近で浴びて、桜子は喉の渇きを覚えた。
練習試合というにも関わらずに感じ取ったこの緊張は、バレーボールの日本代表選手として戦ってきた、国際大会でのそれと変わりがなかった。
(………)
同じ緊張は、雄太と岡崎にもある。軟式と硬式の違いこそあれ、彼らもまた全国を舞台に真剣勝負を重ねてきた。その中で研ぎ澄まされた勝負勘が、大和と亮の間に生じた“決戦の緊張”に反応したのだ。
「Wao♪」
それを面白く感じているのは監督のエレナだ。圧勝が続いたこれまでの試合の中では感じ得なかった、緊迫した雰囲気がある。それを“楽しみ”に感じるところが、いかにも彼女らしい。
(キドさんがこのGAMEに参加してくれて、本当にLUCKYでした)
好敵手の存在は、実力の底上げを助けてくれる。勝つに越したことはないが、あまりにも相手を圧倒する試合が続けば、気がつかないところで心のゆるみは生ずるであろうし、また、限界を超える成長もない。
ドラフターズと練習試合を組んだのは、“隼リーグ”でも優勝経験がある京子の実力に期待してのことだったのだが、思いがけない理由によって彼女は投げることが出来なくなり、それがかつての盟友であった亮と晶による黄金バッテリーの参戦を導いた。
京子と戦うことが出来なかったのは残念だったが、伯仲する実力を持つ強敵を招いたことで、期待通りの緊迫した試合となった。エレナにとっての、この練習試合の意義は、充分に達成されている。
(さて、楽しませてもらいましょうか)
今は、大和と亮の勝負を、“観客”の視点で見つめていた。興奮を、笑顔の中に包みながら…。
「………」
打席の中で、亮が構えを取った。
(亮……)
晶も、静かにそれを見守っている。妄想に火照った体は、二人の勝負に意識が集中することで、もう冷めているようだ。
いつもは攻守ともにベンチで騒がしい龍介も、珍しく押し黙っている。結果として、いつにない沈黙がグラウンドの中には降りていた。
全ての視線を受け止めながら、大和はプレートを踏みしめた。桜子が構えている場所は、インコース低め…。今の大和は他の球種を持たないので、投げるボールはストレートだ。
(いくぞ…!)
緩やかな初動から、スムーズに重心を移していく。降ろした左足をしっかりと踏みしめて、肘に感じる不安も忘れて、亮に対する第一球を大和は投じた。
ズバァン!
「ストライク!」
糸を引くように、亮の膝元を直球が貫いた。桜子のミットが発した捕球音は、雄太のそれに比べると遙かに小気味が良い。手のひらに感じる重みも、段違いである。
(ほ、ほんとに……どうしちゃったんだろ……)
それは、夏期休暇に入ってから続けてきたそれまでの投球練習のものとは比べ物にならない。
(ちょっと、怖い……かも……)
度胸のある桜子でさえ、捕るのに怯えを感じるほど、球威のあるストレートであった。
(甘いトコだったけど…。亮さん、手が出なかったのかな?)
これまでこの相手には、アウトコースのボールを上手く捌かれていたので、今回は内角への意識を強めさせるため、強気に初球からインコースを攻めた。ボールが少し内に入ってきたので、一瞬、肝を冷やしたが、相手は見逃してくれた。