『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-243
「ストライク!!! バッターアウト!!」
「あ……」
淫らな色合いに満ちた妄想から、晶を現実に引き戻したのは、主審の栄輔が放ったカウントコールの声と、
「すごいぞ、彼は」
感嘆したような、亮の呟きであった。
「え……」
しかし、空想と現実の間をたゆたう晶の精神は、未だに明瞭なものを取り戻せないでいる。脳内で描いていた淫らな映像は、その境目が何処にあるかわからないほどのリアリティを有していたのだ。
「えっと……」
状況を知るために、グラウンドを見る。大学時代の先輩で、チームメイトでもあった“上級生クィンテット”の一人、新村が打席に入るところであった。
(新村さんは、7番だから……)
この回は確か5番から始まったはずである。だとすると、早々と二死を奪われてしまったらしいことがわかる。
「浮き上がってくる感じがした。並のストレートじゃないぞ、ありゃ」
「なるほど…」
「正直、あんな球にはなかなかお目にかかれるモンじゃないな。あれだけ放れるのに、エースじゃないってのが、どうにもわからん」
現況を掴もうと必死になっている晶の隣では亮が、見逃しの三振に倒れた6番打者の山田から大和の投球についていろいろと聞き出していた
「………」
彼の意識が、野球に集中していて良かったと思う。今の状態を知ったら、さすがに幻滅を抱くだろうから…。
(あぅ……)
妄想から現実に戻ったことで、困った事態になっている自分に気がついた。手にしていたグラブを股の上にさりげなく置くと、それで隠した股間にそっと左手を添えてみる。
(や、やっぱり……濡れてる……)
蒸し上がったような熱気とともに、かすかな湿気がユニフォームの上からでも感じられた。猥褻な妄想に、身体が反応してしまったのだ。
それを証拠に、太股を少しよじらせてみると、“ぬるっ”とした感触が起こる。
(ナプキン……しとけばよかった……)
滲み出た淫蜜がショーツに染み込んで、その上の生地にまで湿潤しかけているのだ。身体を動かす時には、股間の収まりが良くなる綿製のショーツを着用し、場合によってはナプキンも装着するのだが、今日に限ってそれがなかった。 生理はずいぶん先に終わって、“練習試合”という気安さもあったから、必要ないだろうと考えたのである。
(はぁ……節操ないわ……)
まさか試合中に、妄想に耽ることになるなどと思わなかった。己の浅ましさを自覚して、恥じらいを感じつつ軽い自己嫌悪を抱く晶であった。
ただ、彼女を弁護するわけではないが、彼女の官能がスイッチの入りやすい状態であったという事はある。“亮と一緒に試合をしている”という興奮もさることながら、夜の生活がしばらくお預けになっていることが、何よりもの因子であろう。
彼は、野球の試合が迫ると、その三日前から性的な接触を徹底的に避ける。それは、彼自身の中にあるけじめであり、大学時代の頃から遵守されてきた慣例でもあった。指導者になった今でも、それは変わらない。
今回も例に漏れず、“お預け期間”が発生した。ほとんど毎夜触れ合っているものが、俄に中断されるわけであるから、欲求がその身体に蓄積されるのはやむを得ないだろう。
濃縮されたものが、試合の興奮と淫らな妄想によって“火花”を与えられたのだ。それが燃焼の反応を起こしても、なんら不思議なことではない。
(試合が終わったら……)
真っ昼間だろうと、押し倒してしまおう。そんなことを、晶は考えている。“お預け期間”の後、自分のわがままを彼はたくさん許してくれるから、どんなことをしてもらおうかと、今から期待に胸膨らませるのであった。
「ストライク!!! バッターアウト!!!」
「新村さんも、やられたか。これは、本物だな」
そんな彼女の様子に気が付かないまま、亮はベンチを立った。既に彼は、防具一式を身に付けている。