『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-227
「京子、投げられなくなったんだって。それで…」
「電話してきたってことか」
「うん」
ドラフターズの大黒柱である京子が、投げられなくなったとあれば、その代役として晶にご指名がかかるのは、道理なことである。
「投げられないってことは、京子ちゃん怪我でもしたのか?」
ひょっとしたら、投げられないほどの重傷を負ってしまった京子を心配して、晶は気落ちしているのだろうか。
(待てよ。それにしては)
電話での会話は、随分と盛り上がっていたように思う。陽気な怪我人というのは、稀にいるかもしれないが…。
「ううん」
晶は小さく首を振った。やっぱり、怪我ではないらしい。だとすると、京子が投げられなくなったというその理由が、ますますわからない。
「あのね……」
彼の不審を取り払う答え。それがようやく、晶の口から発せられた。
「京子、赤ちゃんができたんだって」
「えっ……!?」
髪を撫でていた亮の手が、宙で静止した。彼にしては珍しく、動揺した様子をその表情にはっきりと映している。目が点になっているのだ。
「生理が遅れてるから、ひょっとしたらと思って病院行ったらしいの。そうしたら、“おめでとうございます”だって」
「そ、そう……」
「はぁ…。先、越されちゃった……」
更に深く、胸元に晶が身を預けてきた。これは完全に、夜の触れ合いを求めるサインである。スイッチの入り方は唐突に思ったが、京子から“おめでた”の話を聴かされ、触発されたのかもしれない。
「すっごい、幸せそうな声だったな……」
妊娠したことを晶に伝える京子の声は、心の底から湧きあがる喜びを抑えきれないという幸福感に溢れていた。当然ながら、晶にはそれが羨ましくて仕方がない。
「大丈夫だよ、晶」
「え……」
彼女を沈んだ気分にさせた理由がわかった。とあれば、それを慰めて、元気づけてあげるのは、伴侶としての大事な務めであろう。
「いつか俺たちにも、コウノトリは運んできてくれるよ。……できることを、すればね」
「それはそうだけど………ん……あん……」
亮は、胸元にある晶の顔をそっと起こすと、頬を優しく撫でた後で唇を重ね合わせていた。晶のサインに応える為であり、彼女の望みを叶える為だ。
「ん……はぁ……ん……んん……」
羨望に揺らぐ彼女の心を溶かすように、キスを繰り返した。あくまで優しく、丁寧に…。
呼吸を求める吐息を感じたとき、息継ぎができるように少しだけ唇を離す。そして、深く息を吸い込んだ時に、その唇を再び塞いでしまう。その絶妙な間の取り方は、相手の呼吸がどういうリズムを刻んでいるのか、熟知しているからこそ可能なことだ。
(ほんとに……巧いんだから……)
多忙を極める中でも彼は、充足した夜の生活を自分に与えてくれる。朴訥とした雰囲気からは想像できない、巧者ぶりを見せて。
「ふふ……。あなたのキスって……優しいから、大好き……」
微かに濡れた唇が、艶を帯びて光を放つ。晶の心に絡みついた負の感情も、亮が捧げた魔法のキスによって、解かれたようだ。
「………」
ほんのりと上気した頬。そして、甘くしなだれかかってくる華奢で柔らかい身体…。自分を見つめるその瞳は、何かを求めるように恍惚としている。
そんな艶やかな色を、見せられてしまえば…。スイッチは、簡単に入ってしまった。
「できることを……しよう」
「あっ…」
亮は、背中と膝裏に腕を廻して、彼女の体をそっと持ち上げた。いわゆる、お姫様抱っこの体勢である。
そのままソファから立ち上がり、身体の向きを変えた。向かう先は言うまでもない。
「これから、すぐに……?」
それがわかっている晶の頬は、入浴した後のように紅く茹だっていた。