『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-225
『……
RRRRR!
「っと、電話か」
「あたし、取るよ」
「うん、じゃあ頼む」
その日…。
結婚してから共に住んでいる、亮と晶の“愛の巣”に、電話がかかってきたのは夜の9時を少しばかり越えた頃であった。
「はい、木戸でございます。……あら、京子じゃないの」
受話器を取ってすぐ、来客仕様だった晶の言葉遣いが、親しい者に向けるフランクな様子に変わっていた。相手が、京子だったからだ。
「旦那さん、調子いいわね。うん。だって、うち、“ベースボール・マニアックス”と契約してるでしょ? 今日は丁度、大阪ドームの試合を映してたから、わかったのよ」
何度も触れているとおり、晶の親友である京子の夫は、千葉ロッツ・マリンブルーズに所属している管弦楽幸次郎選手である。
このところ“猛打線”のイメージが強くなっているマリンブルーズの中にあって、彼は中軸の一角である3番を任されていた。今季も出足から好調を維持しており、8月末日現在では、打撃三部門(打率・本塁打・打点)のいずれにおいて、上位から三番手以内に入るという好成績を残していた。
「大阪ってことは、遠征の真っ最中だよね? それで、寂しくなって電話してきたんでしょう? ふふぅん、嘘はよくないわねぇ。認めなさいよ。ほれほれ。……うん、よろしい」
ペナントレースは既に最終局面を迎えており、京子の夫・管弦楽幸次郎の奮闘もあって、マリンブルーズは久しぶりのAクラスである3位に食い込んでいる。とはいえ、4位の札幌フラッパーズとのゲーム差は、わずかに0.5しかない。どちらかが勝ち、どちらかが敗れれば、その順位は瞬く間に入れ替わってしまう。
マリンブルーズのいるパ・リーグは、“プレーオフ制”を最近になって始めたが、3位までのチームがそれへの出場権利を得られるとあって、札幌フラッパーズとの熾烈な順位争いが繰り広げられていた。以前までの“ペナントレース”とは違い、3位と4位の差には凄まじいまでの隔たりがあるからだ。
そしてマリンブルーズは、敵地における連戦の真っ最中であった。それも、六連戦である。
前半の三連戦の相手は、福岡ファルコンズであった。投打に圧倒的な戦力を誇り、2位の東都ライアンズを5ゲームも引き離して首位に立っている。そんな強敵との戦いを、マリンブルーズは2勝1敗で乗り切った。
そして今度は、大阪ドームに拠点を持つ近畿ライノルズとの三連戦に臨んでいた。ライノルズは、主砲の仲松やロンズといったリーグを代表する強打者がずらり並ぶ、破壊的な攻撃力を持つチームである。リーグ最下位の防御率が示すとおり投手力に難があり、今季は5位に低迷しているものの、打線は相変わらず活発で、こちらはリーグトップの打率と得点と本塁打数を記録していた。
その相手に、8−6でマリンブルーズは競り勝って、初戦をモノにした。中盤までは3点差を追いかける苦しい展開だったのだが、管弦楽幸次郎の2点本塁打を皮切りに打線が奮起して、逆転に成功した後、継投で逃げ切ったのだ。
「あ、うん。前に、うちの子たちと練習試合もしたの。そのときは、あたしが投げたけど、なかなか歯応えのあるチームだったわね」
話題が変わったようだ。聞き耳、というわけではないが、明るい妻の話し声で、しかも野球が種になっているとあれば、亮の意識もそちらに向く。
「4番を打ってて、サードを守ってるコが特にすごかったわね。まぁ、あたしも手加減してたからなんだけど、2発も大きいのもらっちゃったわ。でも、本気なら打たれないわよ。ほんとだってば! ……え?」
テンポ良く言葉を連ねていた晶。ところが不意に、それを飲み込んだ。
「?」
あまりに唐突だったので、テレビの画面に向けていた視線を、亮は彼女の背中に移す。ピンとのびた背筋と、張りのあるヒップラインが、いつもながらそそる後ろ姿であった。
…話が逸れた。