『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-223
第6話 「APPROACH 〜助走〜」
双葉大学軟式野球部との熱戦を、亮は心の底から楽しんでいた。
(やっぱり試合は、いいもんだ)
彼は城南中学校の教師であり、野球部の監督でもあるから、ベンチから試合を見る方が圧倒的に多い。それも楽しみのひとつではあるのだが、やはりグラウンドの中で試合をするのは格別な心地よさがある。
(それにしても、いい選手だな)
そして、野球人口層の底辺を押し上げようとする指導者としても、今日の試合には大きな収穫があった。晶と一緒に、いち選手として試合を楽しむつもりだったが、それだけでは済まない邂逅が彼を待っていた。
(草薙君か……)
キャッチャーのポジションから、打席の中で構えを取る相手の4番打者を見上げる。その実力が並外れたものであることを、亮は既に察していた。
(本気の本気で当たらないと、彼は抑えられない)
それゆえに、初球から内角を鋭く抉る“レベル2”のボールを、亮はマウンド上の晶に要求した。晶も、真剣な眼差しで頷きを返してくる。考えていることは、通じているようだ。
大きく振りかぶり、高く脚を上げて、晶は渾身のストレートを投じた。コースも角度も、申し分ない。これなら見送るか、振っても空振りを奪えるはず…。亮は、そう思った。
しかし、である。
キィン!
「!」
大和のスイングが一閃した瞬間、空振りを奪うはずだったボールは高く舞い上がり、落下地点を測定できないほど爽快な軌跡を残して消えていった。
「なによ、あれ……?」
本気の球を、いとも簡単に打ち砕かれた晶。打球を視線で追いかけたまま、逃避の呟きを漏らし、マウンド上で呆然としている。
「いやはや。あれを、あそこまで飛ばすか」
亮でさえも、呆れながら舌を巻くことしかできない、凄まじい打撃力であった。
(彼のスイングは……)
パワーヒッターには見えない細身の体格ながら、唸るようなスピードでバットを振りぬき、ボールを弾き返してくる。スムーズな重心の移動が生み出す、強烈なスイングだ。
(間違いないな。“スパイラル・スイング”だ)
それは、ぎりぎりまで絞ったバネを一気に弾くような、鋭い腰の回転から始まる。そうやって生まれた“反発力”を、螺旋を描くように体全体でうねらせながら増幅させ、バットの先にパワーを乗せて振り抜くのだ。その“うねり”を指して、“スパイラル”と呼ばせる、強力なスイングなのである。
だが、“うねり”を感覚として身につけるのは非常に難しい。しかも、“うねり”によって増幅したパワーを余さずバットに伝えるには、全ての動きを支えるための強靭な下半身が必要になる。下半身の安定が崩れれば、その時点で“うねり”は止まってしまうからだ。
(よく鍛えているな)
大和の腰周りは、細身に見えるが非常に重量感がある。太股やふくらはぎ、そして、臀部の張りが逞しく、美しい形をしている。
(器械を使った筋トレに頼りすぎると、上下のバランスが崩れてしまうものだが…)
根を大地に下ろしたようにも見える、その安定した下半身。走り込みをおろそかにせず、地道なトレーニングを積んできたことがよくわかる。
(すばらしい下半身だ)
見れば見るほど惚れ惚れする、足と腰と尻であった。端から見ると、下半身ばかり追いかけている亮の視線は怪しさ大爆発だが、本人は至って真面目である。