『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-171
(この間も、“おあずけ”だったもん……)
予定が別になれば、夜の時間も離れてしまう。蓬莱亭にヘルプに入るときは、どうしても後片付けを含めて夜が遅くなるので、桜子は大和の部屋には行けない。
(あたしの部屋じゃ……。大和君、キスしかしてくれないし……)
保護者公認の間柄であるから、大和が桜子の部屋に寝泊りすることもある。しかし、なぜか彼は、桜子の部屋にやってきた時は、軽いキス以外に手を出してこなかった。求められれば、いくらでも身体を開くつもりでいるのに、だ。
気にはなるが、その理由を聴くことは躊躇われた。催促をしているようで、浅ましいと彼に思われるのが嫌だったからだ。
自分の部屋で大和に抱かれたのは、ロスト・ヴァージンの時だけである。あの時の彼は、やや暴走していたといっていいから、それを気にかけているのかもしれない。
だが、一般的に考えてみれば、桜子の姉夫婦がひとつ屋根の下にいるのだから、大和が節度を意識するのは当たり前である。
(今日も、おあずけかぁ……)
彼もまた、バイトの終わる時間は遅い。
逢いたくてたまらなくても、自分のワガママで彼に無理をさせたくないから、二人のバイトが重なる日は互いの部屋で寝ることにした。そして残念なことに、週に二日は、こういう日がある。
「はぁ……」
知らず、桜子はアンニュイな溜息をついていた。誰もいない部室の中で…。大和は先に着替えを済ませ、帰途に着いたから、いま彼女は一人である。
豊かなバストをしまうサポーターを外し、晒した上半身を、軽く湿らせたタオルで拭く。
「……あれ?」
ふと、自分のものではない色違いのタオルが、机の上にあることに気付いた。
「このタオル…」
ちなみに、桜子の身を覆う衣服は、今は綿地のショーツだけである。つまり今、桜子は“パンツ一丁”という年頃の女の子としては何ともあられの無い姿をしているのだ。部室の鍵は間違いなくかけてあるので、安心はしているが…。
「大和君の、だよね」
タオルの持ち主については、考えをめぐらせるまでもない。朝から部室を使っていたのは、自分と大和しかいないのだから。それに、タオルのデザインは、彼が応援している“千葉ロッツマリンブルーズ”のチームフラッグを模したものだ。
(忘れちゃったんだ)
彼は随分と汗をかいていたから、それを吸い込んだタオルにはかなり湿り気がある。このまま放置しておくわけにはいかないだろう。
(あっ……)
手元に引き寄せたとき、かすかに大和の香りを感じた。それは、肌を許した者同士がわかりあえる感応でもあった。
きゅん…
と、刹那、胸が苦しくなった。汗の香りに混じり、大和の優しい囁きが耳元で聴こえてきたような気がした。
切なさが、桜子の中で渦を巻き始めた。
「………」
躊躇いはあった。しかし、欲望が理性とともにそれを押しやっていた。
「ん……」
桜子は手にしていたタオルを口元に寄せる。大和の残り香を、はっきりと確かめるために…。
(あぁ……)
夏だから夜も蒸す。そんな中、裸のままで迸る熱情をぶつけあうのだから、にじみ出るように汗が身体を覆い、二人の肌に絡みついてくる。
腰をゆすり、体中を駆け巡る快楽の虜になっている間は、感覚の全てがそちらにいっているために感じないが、事が終わった後の静寂の中では、甘酸っぱい香りが二人を包み込んでくるのだ。
それと同じものが、口元に押し当てたタオルから発して鼻腔を刺激してきた。
(“あのとき”と同じ、匂い……)
抑えていたはずの劣情が、たちまちにして炎を挙げる。あらゆる葛藤が、その炎によって焼き尽くされ、桜子は劣情が望むままに手にしたタオルを口元に押し当てていた。