『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-170
「すっごい、“えっち”な目だよ……」
故に、大和の瞳によぎった妖しい光を、彼女は見逃さなかったのだ。
「き、気のせいだよ」
「嘘」
「う…。ご、ごめん」
事実であることを相手から強く断定されれば、それを覆すことは容易ではない。それを悟った大和は、すぐに己の非を認めることにした。
「ちょっとだけ、だよ」
「でも、認めちゃうんだ?」
「う、うん……」
「あぅ……。大和君の、エッチ……」
彼の妄想の中で、いったい自分はどんな痴態を晒していたのだろう。
(あんなこととか……こんなこととか……)
こうなってしまえば妄想の度合いはむしろ、桜子のほうがより淫靡である。
大和の愛撫に悶える自分の姿…。猥褻な言葉を撒き散らし、乱れ狂っていたときの情景を、桜子は妄想の中で思い巡らせている。
既に彼女は、大和を糾弾するための正義を失っていた。
「………」
その沈黙が、何よりの証である。
「あの、桜子さん?」
「………」
「そろそろ、僕も時間がないからさ」
「………」
「着替えて、一度家に帰って、それからバイトに行くつもりだから」
「………」
「桜子さんってば」
暖簾に思い切り体当たりをかました気分だ。なにを問いかけても、桜子は返事をしてくれない。
(怒ったのかな?)
と、思えばそういうわけでもなさそうで、よく見れば頬を紅くしたまま呆けている。宙を泳がせているその視線も、どこか虚ろである。
「先に、着替えるからね」
確かに、大和には時間が限られていた。余裕がないわけではないのだが、気を焦らせたままで、まだ慣れていない接客業には臨みたくない。
「………」
妄想に暮れる桜子の様子に後ろ髪を引かれながら、大和は部室の中に入った。
「...........あ、あれっ!?」
彼女が正気に戻ったのは、それからしばらくしてのことであった。
『桜子さんも、今日はお手伝いをする日だったよね』
その通りである。
大学が長期休暇に入ってから、桜子は週に三日は店の手伝いをするようになっていた。繁忙期でもある夏場は、特に夕方から夜にかけて人手が必要になり、龍介達にとって桜子のヘルプは願ったり叶ったりなのである。
『じゃあ、また明日』
一方で、大和もアルバイトを始めていた。
皮肉な話になるのだが、時間に余裕があるはずの長期休暇に入ってからは、二人で顔をあわせる時間は少し減った。大学を基準に考えると、帰り道はまったくの逆方向になるので、二人のバイト日が重なる時は、どうしてもここで別れなければならない。
そして、残念なことに今日は“その日”であった。
“一緒にいられる時間が減った。”
…それは桜子の感覚的な時間である。
今日のように、朝から軟式野球部の専用グラウンドにやってきて、二人で練習を毎日のようにしているわけだから、顔を合せない日はほとんどない。また、予定があう時は、桜子は大和の部屋に泊り込んで、恋人同士の時間を謳歌している。彼が、桜子の部屋に来ることもしょっちゅうだ。
(でも、味気ないな……)
彼女が“減った”と考えているのは、二人きりでいられる“密度”と“濃度”の高い時間のことだ。アルバイトという、互いに別の予定を作ってしまったがゆえに、付き合い始めた頃や、大和の部屋に連泊していた時のようにはいかなくなってしまった。