『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-168
第5話 「MOMENT 〜契機〜」
それはとても、健全な光景である。
「今のは、いい球だったよ」
そう言って桜子は、向かい合う大和にボールを投げ返した。二人は今、双葉大学の軟式野球部専用グラウンド(お手製)で自主練習に励んでいるところである。
大学は既に夏期休暇に入っている。その間の練習は、監督であり顧問であるエレナと、軟式野球部の幹部といえる雄太、品子、岡崎の三人が、各部員の予定を確認しながら、顔をつき合わせて組み上げたスケジュールで行われていた。
部員全員が集まる合同練習は、主として週に二回をベースにしており、週末には近場の草野球チームと練習試合を組むなどして、試合勘の持続にも目を配られている。
練習は早朝から午前中いっぱいまでとなっているのは、記録的な酷暑に対する配慮である。加えて、午後から別の予定を入れやすいというメリットがあり、朝が弱い部員には試練なことかもしれないが、合理的なスケジュールといえる。
だが、“お盆”を挟むこの一週間は、練習日はない。さすがに大学にもなれば、遠い郷里を離れてやってきた学生も多く、当然、部員の中にも帰郷でしばらくこの地を離れる者もいるからだ。
そういうわけで、このグラウンドには大和と桜子しかいなかった。部室の鍵は、許可を得て監督兼顧問のエレナから預かっており、今の期間に限っては任意に使用することができた。
すぱんっ……
「ん〜。いまのは、ちょっと打ち頃かなぁ」
それにしても、健全な光景である。
夏といえば、暑さに伴う薄着によってか、何処か人の意識を開放的にさせる。
“ひと夏のアバンチュール”とは、なんとも使い古された言葉であるが、男女がなにがしかの想い出づくりに躍起になるのは、夏独特の開放感が為さしめることなのだろう。
スパンッ!
「うん! いまのは、今日のベストピッチだね!」
そういう季節の最中で二人は、太陽が南中しない午前中にも関わらず、陽炎が立ちそうなほどに熱されたグラウンドの上でキャッチボールをしているのである。これを、健全な光景と言わずになんとするか。
…それはさておき。
大和の投球数が、八十を越えた。
ぱすっ……
「ん…。いまのは、かなり打ち頃だった」
ミットを鳴らす、手応えのない軽い音。それは、失われたボールの威力を如実に表すものである。
(………)
ふと考え込むような仕草を見せてから、桜子は立ち上がった。大和の限界を感じたからだ。
「ここまでにしよう。大和君、もう疲れてるよ」
「……わかった」
気持ち的には、もう少し続けたい気もした大和だが、確かに疲労はピークに達している。故に彼は、パートナーの言葉を素直に受け入れた。
(ふぅ……)
ピッチャーズマウンドを見立てて盛られた土の上に、強く照りつける陽光…。
容赦のない熱光を浴びながら投球を続けてきた大和は、涼しい顔をしてはいたが、湯気でも立ちそうなほどに汗を浮かべていた。
陽射しを受け続け、すっかり表面の熱くなったキャップを外す。そして、蒸れた中の空気を開放させた。
(暑いな)
不意に大和は、空を見る。疎らに浮かぶ白い雲を貫くように、太陽は激しく燃えていた。
(こういう夏は、久しぶりだ)
甲子園では、そんな空の下で試合を繰り返してきた。あのときの燃え盛る太陽の熱光は、今でも鮮やかに感覚として思い出すことが出来る。