『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-149
「一緒にゴハンなんて、ほんと仲いいわね〜」
「京子さんこそ」
「うふふ♪ 当然じゃないの」
そんな大和をよそに成される女同士の会話。夫の腕に取りついて、頗る京子は上機嫌であった。
「管弦楽さん、こんばんは」
「やあ、こんばんは」
もちろん、管弦楽幸次郎と桜子はお互いをよく知っている。京子と桜子の会話が落ち着くのを静かに待っていた彼は、桜子と目が合うと穏やかに微笑んだ。
「京子から聞いているよ。野球を始めたのだと。……脚の怪我は、もう大丈夫だということなんだね。よかった」
「ありがとうございます!」
アキレス腱を断裂して入院していた時、京子と一緒に彼の見舞いも受けたことがある。プロの選手として多忙な中にも関わらず、励ましの言葉をかけに来てくれた優しさは、少なからず桜子を感動させた。故に桜子は、パ・リーグでは彼の在籍している千葉ロッツを応援している。
「………」
幸次郎と桜子のやり取りを、羨ましそうに見ている大和。不意に、幸次郎の視線が向くと、彼は思わず身を強張らせてしまった。
「あ、こ、こんばんは」
「やあ、こんばんは」
幸次郎は誰に対しても紳士である。
「く、く、草薙、大和、です。は、は、初めまして、管弦楽選手」
「うん。君のことも、京子から聞いているよ」
「え!?」
思わず大和は、京子の方を見る。視線が合うと、京子はウィンクでそれに応えていた。
「一度一緒に試合をしたそうだが、とてもいい選手だったと。……京子」
「なぁに? どうしたの?」
不意に名を呼ばれ、京子は夫の方を向いた。
「よかったら、彼らと同じ席で食事がしたいのだが」
「あら、いいじゃない。あたいは、構わないわ」
いいかしら? という問いをのせた仕種を京子は桜子と大和に見せた。
もちろん、それを二人が拒むはずはなく、四人となった円卓は運ばれてきた料理も含めて賑やかなものになった。
大和は隣に憧れの選手が座るなり石化したようになっていて、そんな彼を初めて見た桜子は、京子と顔を見合わせてクスクスと笑っていた。
そんな大和の緊張も、気さくにいろいろと話かけてくれる幸次郎の雰囲気に慣れていき、いつのまにか饒舌になって、自分が千葉ロッツのファンになったいきさつを話し始めた。
「このボール、今でも宝物なんです」
大和がいつも携帯している、古びた硬式ボール。そこに記されたサインが、チームのエースである香坂投手のものだと知った幸次郎は、興味を抱いたように大和の話に耳を傾けていた。
「普通、あんな大記録を残したウイニングボールを、観客席に投げませんよね……」
「あの人は、本当にファンを大事にする御方だからな。僕も、尊敬している」
大和が手にしているボールは、まだ彼の実の父親が存命だった小学生の頃、千葉ロッツの本拠地であるマリンブルースタジアムに、野球観戦に行ったとき手に入れたものだ。
その頃、大和はまだ野球に特に親しみを持っていなかった。むしろ、家の中にいることが多い、内向的な子供だった。運動が苦手だったということでは、もちろんない。当時から大和の運動能力は他の子供たちよりも抜きん出ており、運動会やマラソン大会では彼に敵う児童は誰もいなかった。ただ、そういう卓抜した才能が裏目に出たものか、大和は同級生の間でも浮いた存在になってしまい、そんな周囲の羨望と嫉妬の視線を避けるように表に出たがらなくなっていたのだ。
それを心配した父親が、彼を外に引っ張り出す形で、様々な人間が集まる球場に連れてきた。聡明だが、何か冷めたものを持ち、孤独を好みがちな息子に、人と人が集まって起こる喧騒と感情の波の熱さを感じてもらいたいという想いが、父親にはあった。
野球のルールは、父親がよくテレビで見ているのを目にしていたので大和は知っていた。そのため、始めのうちは他人行儀に試合の行方を追いかけていた大和も、気がつけば球場の雰囲気に呑まれ、選手の一挙一動に興奮し、ホームランが出ると父親とともに立ち上がり歓声をあげるようになっていた。