『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-147
「おう、いらっしゃい!」
掻き入れ時が終わり、幾分喧騒の止んだ蓬莱亭にやってきた大和と桜子。
「大和くん、よう来てくれたなぁ!」
レジ周りでなにやら作業をしていた龍介が、顔をあげるなりその相好を崩している。彼の大和に対する厚情は、ほとんど身内同然のものになっていた。
「今日は、てっきり桜子がそっちにいくものと思っておったんやけど」
「みなさんの顔が、見たくなったんです」
「おや! 嬉しいことを言ってくれるやないか! さぁ、さぁ、奥の方があいとるで」
作業を止め、大和を案内する龍介。桜子もまた、その後ろについていく。
「おう、龍の旦那! そいつが、桜子ちゃんにできたっていう“いい人”かい!?」
常連と思しき中年の男から、声が飛んできた。龍介は“もちろん”とばかりに崩した相好を返すと、“今は彼の家で、花嫁修業の真っ最中やで”といって、大和と桜子を困らせていた。
「今日は、注文させてください」
「ええのか?」
「はい。……中華定食を、お願いします」
「はいな! 中定いっちょう!」
「はぁい!」
厨房の奥から、快活な声が返ってきた。中華鍋と炎を前にすると、普段ののんびりした雰囲気から、がらりと人が変わる由梨である。
「桜子は……せっかくやし、同じでええか?」
「うん!」
「由梨、中定もういっちょうや!」
「はぁい!!」
中華定食は、鶏肉と野菜の餡かけ炒めに中華スープ、そして山盛りの御飯がついてくる蓬莱亭の人気メニューだ。中華スープには、クズものとはいえ鱶鰭(フカヒレ)が入っており、なかなか豪華である。デザートとして杏仁豆腐もついてくる。値段は1000円、学生ならば学割850円だ。やや値は張るが、ボリュームを見ればそれも当然だと思うだろう。
「はいよ! お待ちどうさん!」
両手に大盆を軽々と二つもち、龍介が中華定食を運んできた。厚切りの鳥の胸肉はこんがりと焼かれた香ばしさを感じさせ、ニラ、モヤシ、ニンジンなどの野菜の他にも大きな木耳(キクラゲ)が散りばめられ、それらが蓬莱亭特性の餡かけによってツヤを見せ、食をそそる薫りを漂わせている。
「いただきます」
慇懃に手を合わせてから、大和はさっそくとばかりに箸を動かし始めた。
「大和くんは、鶏肉が好きなの?」
蓬莱亭で注文をするとき、彼は決まって鶏肉が入っているメニューを頼む。反対に、牛肉や豚肉は、あまり好みではないらしい。レバー(肝臓)は別のようだが…。
「あと、魚も好きだな」
「そうなんだ」
美味しそうに舌鼓を打っている大和の様子を見て、桜子は早く自分の料理が彼を心から満足させられるようになれば、と意気を強くした。
(この野菜炒め……お姉ちゃんに教えてもらおうかな)
キクラゲはさすがに用意できないが、それ以外は普通のスーパーでも揃いそうな食材である。おそらく秘伝の“餡かけ”は教えてもらえないだろうが、炒め物のコツなら由梨は伝授してくれるだろう。
見よう見まねで作ったそれは、既述のとおり油にまみれたものになった。火加減と、野菜を入れるタイミングと、油の加減が意外に難しいことを桜子は思い知った。
和やかに食事を進める二人。野球の話題や、大学の授業のことについて話が盛り上がっている。“レポートの宿題が多いの”とは桜子のぼやきだ。ちなみに文系の大学なら、それは当然である。……経験者は、かく語りき。
「こんにちは」
「あ、ありゃあ、いらっしゃい!」
ざわざわざわ……
「ん?」
不意に、店内がざわつきを見せた。既に食事を終え、杏仁豆腐に手をつけていた大和は、覗き込むようにして奥から顔を覗かせる。二人が通された奥の間は、仕切りが少し高く造ってあって、入り口からは見え難くなっているのだ。
「あ、ああっ!」
「え、なに? どうしたの?」
大和が珍しく頓狂な声を出したので、桜子も振り向くように仕切りから顔を出した。
「あ、京子さん!」
真っ先に視線に入ったのは、馴染みのある京子であった。実家の酒屋“ダイゴ・リカー”のハッピを着て飲料類の卸し作業によく店には来るが、私服の様子を見ると、どうやら今日は客として来店したらしい。