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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-146

(畜生……)
 スナップスローの時のほうが、回転力は良かった。それが、本格的な投球フォームになった途端、この有様だ。その不甲斐なさに、大和は珍しくも悔しさを顔に出している。
 球筋が安定しない原因は明らかだ。痛めた肘を無意識のうちにかばってしまうのか、腕の振りが一定しないのである。柔らかく強靭な筋肉とバネによって生み出された遠心力を、最後に指先に伝えるはずの腕の振りに乱れが生じれば、その分だけ運動力が損なわれ、ボールの威力を失うことになる。スムーズに腕を振れたときは、ある程度の威力が備わった直球を放つことが出来たが、それは稀であり、投げるたびに大和はありもしないはずの痛みに怯えている自分と対座することになって、それが情けなかった。
「………」
 桜子は冷静に大和の球を受け止めている。確かに、エースである屋久杉雄太のストレートに劣る直球ばかりが続くが、時折混じってくる威力のあるボールの手応えは、それを遥かに凌駕している。おそらくは、その球こそが往時の大和が甲子園で活躍していた時に投げていた速球であり、これが常に投げられるようになることが、彼の投手としての復活を意味するのだろう。
 だが、四十球を越えた辺りになると、明らかに大和の直球は力を失った。あの勢いのある“快速球”は、一球たりとて見せることがなくなり、しまいにはその全てが“棒球”になってしまった。
「これまでにしよう?」
 桜子が立ち上がり、投球練習の終わりを告げる。大和は何かを言いたそうな顔つきをしたが、ややあって頷きを返してきた。
「ひどいもんだよ」
 珍しくも、はき捨てるような口調で、近づいてきた桜子に呟く大和。
「そんなこと言っちゃ、ダメ」
 それが、大和が自らに向けた侮蔑であると知り、桜子はそれを戒める。ふと、出逢ったときの暗い陰を見た気がした桜子は、そんな彼を放っておけない。
「肘は、どうかな?」
「痛くないよ。大丈夫……」
 大和にとっての救いは、それだけである。強く腕を振ることは出来ないでいるが、長く自分を苦しめてきた痺れや痛みは、投球の中で起きてこなかった。それだけ微妙に加減をしてしまっているといえなくもないが、ピッチングをしようとかすかに力を入れるだけで激痛が走った時のことを思えば大きな進歩である。
「焦らないで。すっごくいい球も、来てるんだよ」
「そうなの?」
「うん! ……しばらくは、ストレートだけで練習したほうがいいと、あたしは思うな」
 ストレートを投げるにも、フォームが安定していないのだ。これで変化球にまで頭を廻せば、逆効果になる。桜子の言葉に、大和は素直に頷いた。
「少しずつ、少しずつ……ね?」
「うん……ありがとう」
 諭されるうちに、大和は穏やかさを取り戻すことができた。
(悪い癖だな)
 久しぶりにプレートを踏んだことで、往時の自分を心のうちにいつのまにか投影してしまっていたらしい。それが、その通りに行かない現実に直面したことで、苛立ちを抱いてしまった。
 改善策は、自嘲することではない。現状を受け止め、それをいかに向上させていくか、前向きに試行錯誤することだ。
(……彼女がいてくれて、本当に良かった)
 大和は隣にいてくれる存在のありがたみを、改めて実感していた。自分が内に溜め込みそうになる陰気は、すかさず桜子の陽気が払ってくれる。
「今日は、蓬莱亭に行ってもいいかい?」
「あは! もちろんだよ!」
 不意に、そんな桜子の陽気の源になっている、蓬莱亭に寄りたくなった大和であった。


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