『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-145
「でも、今はどれぐらい投げられるのか…」
実戦から長く遠ざかっているだけに、それらの変化球が果たして問題なく投げられるかどうかは、大和も自信が無かった。そもそも、ストレートでさえ不安が付きまとう。
「確かめてみないと、いけない」
「そうだね」
そのまま二人は、投球練習に入った。
桜子が立ったままでの、キャッチボールに近い軽い投球から大和は始めた。だが、三塁を守っている時のような“送球”を意識したボールの握りやリリースの感触ではなく、投手のそれを強く考えながら、大和はボールを桜子に投げる。
ビシッ、ビシッ、ビシッ……
「………」
三分程度の力加減であるにも関わらず、ミットを貫く音は爽快であった。それに、まるで自分を射抜いてくるようにボールが目に見えて伸びる。それだけ強い回転力を有しているということであり、それを生み出すために必要になる強靭な手首と細緻な指の感覚を、彼が持ち合わせていることの証であった。
(すごい…)
糸を引くような球筋に、たちまち桜子は魅せられた。試運転のスナップスローでこうなのだから、彼が本格的な投球をすれば、どんなに魅力的なボールを受け止めることができるのか…。
「じゃあ、座るね」
期待に胸を膨らませ、桜子が捕手の姿勢を取る。大和は頷きをひとつ桜子に返すと、かすかな緊張感を抱きながら、練習用に埋め込まれているプレートを踏んで脚をあげた。
「………」
その視線がぶれることなく、自分が構えている位置を凝視している。その固定された首の部分を起点にして、まるで独楽のように流麗で鮮やかな回転運動が起こった。
踏み込んだ足が揺らぐことなくしっかりとした安定を保ち、その回転運動によって生じた遠心力が余さず、振られ始めた右腕に収束していく。
シュッ!
リリースの瞬間、空気を切り裂くような音が確かに聞こえ、大和の指から離れたボールが、考えるよりも先に桜子のミット目掛けて飛び込んできた。
ビシッ!
「―――!」
ミットを貫く、乾いた音。それだけではなく、桜子が受け止めた威力の強さは、掌全体に心地よい響きを生んでいた。
(きてる……いい球が……)
桜子がその感触の良さに恍惚としている一方、投球を繰り返すたびに大和は難しい顔つきになっていった。
(やっぱり、おかしい)
往時に比べると、明らかに今の投球フォームには違和感がある。それに、ボールの勢いも伸びの具合も、全盛期の頃より遥かに劣っていることが本人にはよくわかった。
「………?」
二球、三球、十球、十五球と大和から投じられてくるボールを受け止めるうちに、最初のうちは心躍るばかりだった桜子も、奇妙な違和を感じるようになった。
その球筋と手応えが一定ではないことに、気づいたのだ。
初球のように、目を見張り興奮さえ覚えた球筋でミットを鋭く貫いたボールもあれば、明らかに回転力が弱く伸びがほとんどない“棒球”もある。
伸びとキレのあるボールが桜子のミットを高く鳴らす割合は、五球投じた中に一球あるかないかというところで、それ以外は他チームの投手と何ら代りのないストレートであり、それにさえ劣る“棒球”であった。
もちろんそのことは、大和も気づいている。