『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-117
しかし、監督に優遇され、先輩たちと仲が良かったことで、同輩の連中には“贔屓をされている”と感じられていたのだろう。肘を壊したことにより野球部の中でその大きな“存在感”を失うと、あからさまに冷淡な視線を受けるようになってしまった。それでも黙々と、野球部のために裏方の活動をしていたので、引退するころにはその視線も和らいだものになったが、やはり大和は孤独であった。もしも葵や結花がいなかったら、大和はそんな孤独に潰されていた可能性もある。
そんな葵でさえ、気がつけば大和とは距離を置くようになった。おそらくは、全てを預けているように見えて、実は中にある“孤独”を晒していない自分との交際に疲れてしまったからではないかと、大和は考えている。やはり、自分は“わかりづらい”のだろう。彼女にもそういう面はあったから、陰気と陰気の重なり合いがすれ違いを生み、別れの結末を迎えたのかもしれない。
「さあさあ!」
思考に沈みかけた大和を現実に引き戻したのは、龍介の闊達さだった。彼に背を押されるようにして、大和は椅子に座った。
「まだまだ喰い盛りやろう! たっぷりあるから、遠慮なく食ってくれ!」
龍介の豪快な暖かさは、そんな大和の孤独を払い去ってくれる。
「ご、ごめんね。お兄ちゃん、強引で。でも、よかったら……」
箸を差し出してくれる桜子。彼女の陽気は、大和の中にある陰気なものを溶かしてくれる。
「そうだね」
桜子が渡してくれた箸を受け取る。そんな自分の頬が、かすかに緩んでいることに大和は気づいていない。
「母さんも、実は出張で家を空けてるから……誰もいなかったんだ」
「そうなんだ」
家に帰っても、彼は一人きりだったのだ。
……補足するならば。
大和の母親である和恵は、秘書として従っている幹部クラスの人物が、重要なプロジェクトチームの一員になったことで、今ではなんと海外に飛んでいる。帰国までは少なくとも半年以上はかかると聞かされているので、その間は期せずして一人暮らしということになってしまっていた。
「だったらさ、いつでも御飯、食べにきてよ!」
いいでしょ? と龍介に視線を向けるより先に、
「おお、そうや! 困ったことがあったら、いつでもウチに寄ればええ!」
龍介は大度あるところを大和に見せていた。
(本当に、この家は暖かいよ……)
普段なら、滅多に自分のことは話さない大和が、これほどまでに蓬莱一家に心を許しているということは、彼がこの空気に安らぎを得ているからだろう。
広い空を孤独に飛んでいた大鷲が、誰にも見咎められることなく羽根を休められる大きな木立がここにはある――。
「きょうこぉ〜、一人寝はさみしいのぉ〜、いっしょにねようよぉ〜」
「ああもう、この酔っ払いは!」
完全に潰れてしまった晶を抱えて、玄関先でタクシーに乗り込む京子。晶に言われるまでもなく、酩酊状態の晶を、彼女の家に放り投げたままにするわけにも行かないから、京子は晶の家に泊まるつもりでいる。それぐらい、二人は気の置けない関係になっているのだ。ちなみに二人の家は、歩いて10分とかからないほど近くにある。
大学時代は、隼リーグを代表する豪腕投手として何度も対戦し、火花を散らした。そういう過去がむしろ二人の絆を深め、親しみを生んだといってもいいだろう。互いに伴侶が多忙を極める身分なので、その部分でも意気投合したというのもあっただろうが。
「おやすみなさい、晶さん、京子さん」
「おやすみ」
「おやすみぃ〜」
ひらひらと窓から手を振る京子。その奥から、いかにも酔っ払いのものと思しき呂律で何か喋っている晶。
「はは、晶さん、よっぽど寂しかったんだね」
あれほどに自我を失った彼女を、桜子は初めて見た気がした。