『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-116
「由梨さん、いいなぁ……」
そういう龍介の優しさを、晶は羨ましく思っている。また、四六時中、夫婦で一緒にいられるということも、今は羨望の的になっていた。
「亮、先生様だもんなぁ……しょうがないけど……」
彼女の独り言は続く。
晶の夫は、教職という激務に追われているので、どうしても帰りが遅くなりがちだ。また、野球部の監督をしていることもあるから、休みの日でもなかなか家には落ち着くことが出来ない。それでも、家にいるときは必ず自分との時間を優先してくれるから、晶としては、不満は何も抱いてはいない。夫婦としての夜の営みも、充分すぎるほど満足している。
「でも、亮さんも家事、手伝ってくれるんでしょ?」
「そうよぉ〜。ほんとぉ〜に、あたしには勿体なくらい〜、優しい人なんだからぁ〜。自分だって疲れてるのに〜、洗濯とか掃除とか、手伝ってくれて〜。夜だってぇ〜、2回は絶対してくれるしぃ……」
「「………」」
由梨に抱いていた羨望は何処へやら。今度は、晶は、ノロケるばかりになっている。思わず顔を見合わせて、吹き出してしまう京子と由梨であった。
「よっしゃ、夕飯できたで! おう、草薙君も一緒なんか!」
出入り口で何をするでもなく立っていた桜子の後ろに、大和の姿を確認すると、龍介は大きく破顔した。
「まいど、草薙君! 桜子を送ってくれたんやね。おおきに、おおきに!」
「こ、こんばんは」
相変わらずの勢いの良さだ。
とりあえず、桜子を蓬莱亭まで送るというミッションは終了した。
「僕は、これで……」
と、大和が切り出すより先に、
「よかったら、草薙君も食ってくか?」
どすどす、と曲芸師の如く右腕一杯に皿を載せた龍介が寄ってきていた。
「いや、それは悪いですよ」
未だに龍介は事実誤認をしているが、桜子とは男女の仲として交際しているわけではない。確かに特別な意識を傾けつつある存在になってはいるが、互いに気持ちを確認しあったことはない。
「遠慮は無用、無用!」
しかし龍介にとっては、大和は既に“弟”のようなものになっている。
勢いに流されっぱなしになるので、大和は困惑するばかりだが、不思議と悪い気はしなかった。
(この店は、暖かい)
真に大和はそう思っている。そして、この雰囲気に和らぎを覚えている自分がいることを、心地よく感じていた。
彼は、中学に進む前に実父を亡くしている。母親が再婚したことでしばらく存在した義父とは不仲であったから、実父の死によって失われた“父性”は、長く彼を孤独にさせてきた。
母親が大和に与える愛情は、やはり母性が全てである。もちろんそれはとても大事なものではあるが、まだ雛鳥であった時期に、大きく枝葉を広げて彼を激しい風雨から守ってくれるような“父性”がなかったことは、心の張りに少なからず影響を与えたであろう。
彼が、何となく若者らしくない老成した落ち着きを持っているのは、失われた“父性”への依存をやめ、その精神を早いうちから独歩させてきたことによる。それは悪いことだとはいえないが、独歩した精神は他者からの干渉を忌避する傾向を生み、“陰気”を中に溜め込む習性を作ってしまいがちになるのも確かであった。
大和の場合はまだ、野球という存在があった。中に溜め込んだ“陰気”を吐き出せる空間を有していた。それでも中学の頃は“何を考えているのか、わかりにくいヤツ”と言われていたのだから、何処か他人と一線を引いたような雰囲気は多分にあったのだろう。
高校時代は、指導者と先輩に恵まれていた。1年のときの翼を得たような彼の活躍は、そういう“陰気”をすべて吸収し解消してくれる環境があったことが大きかったのだ。