『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-115
「ちょっと待てって、品子! じゃ、じゃあな二人とも」
雄太は慌てたようにその背中を追いかけて、この場を去っていた。
「さて……」
苦笑しながら二人を見送る形で佇んでいたが、不意に大和は時計を見た。8時を既に廻っている。
「送るよ」
「えっ」
女の子を一人歩きさせるには、いささか心配な時間帯に入ろうとしていた。蓬莱亭は、城央市から三つ駅を行った城南町にあるから、城央市に住んでいる大和にとっても、それほど遠回りにはならない。今、大和の母親は長期の出張で家を離れており、事実上の一人暮らしになっているから、自分自身の帰宅の時間が遅くなっても特に問題はなかった。
「い、いいの?」
「うん」
「あ、ありがとう……」
思いがけない恩恵に、暖かくなった心を今度は熱くする桜子であった。
蓬莱亭は、今日は定休日だ。しかし、なにやら店内が明るい。
「あ、あれぇ!?」
これで一体何度目になるのか。桜子は、思いもしない客の存在に、またしても頓狂な声を挙げていた。
「おやぁ、桜子ぉ〜。遅かったじゃな〜いの」
あきらかに酔いの廻った赤ら顔で出迎えてくれたのは、なんと合同練習で一緒になっていたはずの晶である。
「やっほ、桜子」
「京子さんも!?」
そして、彼女の晩酌に付き合っているのは京子と由梨だった。
この三人は、歳も近いということがあって仲が良い。加えて、三人とも結婚している共通項があるから、家庭や家事の相談ごとなど、気兼ねなく話し合える間柄でもあった。
「ほんと〜は、エレナもぉ〜、誘いたかったんだけどぉ〜」
晶の呂律が、いささか怪しい。どうやら、一番酒が進んでいるのは彼女らしい。
京子は実家が酒屋と言うこともあり、誰もが認める酒豪だから、飲みすぎても潰れることはない。由梨は、明日の仕事を考えてか舐める程度にして、控えめに酒席を楽しんでいるようだ。
酒肴は、なんと龍介が厨房でいろいろまめまめしく動いている。おそらく、古くなりつつある食材の処理も兼ねているのだろう。
「エレナもう、お母さんだからさぁ〜。ヒック……いいなぁ、お母さん……」
それにしても、合同練習の時に見ていた凛々しさが吹き飛ぶような晶の酩酊した姿であった。
(ど、どしたんだろ?)
普段はこれほど酔いつぶれることはないのだが。ひょっとしたら何か酒でごまかしたいことでも出来たのだろうか。
「旦那さんがね、おとついから出張で東北の方に出かけたんだって」
「あらら」
困惑げな桜子を援けるように、京子が説明をしてくれた。
「あたいもさ、旦那、野球に取られちゃったから……」
彼女の夫も、既に始まったペナントレースを戦っており、家を空けることが多くなっている。本当は、そういう寂しさを京子が晶と会うことで紛らわせていることの方が多かったのだが…。
「長いよぉ〜……2週間、長いよぅ……」
「しょうがないねぇ。ほれ、呑みねえ」
「うぃっす」
今は立場が逆転していた。
「ツマミみたいな献立になってまうが、夕飯すぐに用意するでぇ!」
厨房から龍介が顔を出す。
実は、蓬莱家のまかないはほとんど彼が担当している。仕事で料理に腕をふるう由梨を慮っているのだ。せめて家にいる間は、料理のことを放念してゆっくりできるようにと。