『STRIKE!!』(全9話)-90
「………」
昌人は、その小鳥を優しく……優しく両腕で包み込んだ。
昔から、そして今も、この人への気持ちはひとつしかないじゃないか。また、あの時みたいに、智子を哀しませるのか?
…もう、そんなことはイヤだ。
心の中で、かすかにせめぎあった様々な葛藤は、しかし、智子を抱きしめたときに、全てが綺麗に消え去った。
「せめて、先に籍はいれましょう」
「え?」
先ほどの慌てぶりからは想像もつかない、あまりに穏やかな昌人の言葉。それゆえに、聞き逃してしまった。
「ほんとは、いろいろ整理をつけてから言うつもりだったんですけど……まだ婚姻届も、指輪も用意してないんですけど……」
き、と昌人は表情を引き締め、再び智子に向かい合う。
「俺と、結婚してください」
言ってから、顔に血が昇ってきた。だが、思ったよりスムーズに言葉は出たような気がする。…さきに、衝撃的なことを聞いてしまったから、覚悟ができたせいかもしれない。
「昌人……」
理知的な智子の表情は、まず瞳の部分が潤み、ぽろぽろと雫となってこぼれ出すや、そのまま崩れた。
「まさと……まさと……う…う…」
その涙を押し付けるように、昌人の胸で静かに嗚咽を漏らす。
彼女が泣きやむまで、昌人は恐れ多くてあまり触れなかった髪を、そっと撫でてあげた。
しばらくして、指で目じりを拭ってから智子は顔を起こし、
「私……川村智子に、なっていいんだな?」
と応えた。受諾の言葉である。
「あ、ありがとうございます、先生!」
嬉々として、弾けたような表情の昌人。しかし、最後の単語がよくなかった。
「……やっぱり、どうしようかな」
またしても先生と呼ばれて、智子はすこし機嫌を損ねたらしい。
「……どうしても、名前で呼んで欲しいんですね。でも、いいですよ。こうなったら、恥ずかしいなんて言っていられない!」
なにか、吹っ切れた感じの昌人。一度、ぐ、と何かを飲み込んでから、言う。
「俺の、嫁さんになってください! と、智子……さん」
「ふふ、“さん”か……」
それでも、嬉しかった。もっと強く、昌人の体を抱きしめて、喜びを伝える。
「智子さん……」
「昌人、ありがとう……私、嬉しいよ……また…泣いて……泣いてしまうよ……」
最後の方は、嗚咽が混じっていた。そのまま智子は顔を昌人の胸に擦りつける。今日だけで、何度、この胸にすがっただろう。
「お、俺だって……」
よく見れば、昌人もしゃくりあげそうになっているではないか。そういえば、昔から泣きべそ君だった気がする。その度に、必死になってあやしていたものだ。
そんな過去の記憶さえも、智子の涙腺は刺激されてしまう。もう、溢れる涙を抑えきれない。
「昌人……う、う……まさと……」
「智子、さん……」
しばらく、寄り添ったまま、ふたりは泣いた。
切れかけて何度も繋いだ絆をもっともっと埋めあうように。
互いの名前を何度も呼び合って…。
静かにふたりは泣き続けていた…。