『STRIKE!!』(全9話)-272
「ああ……」
それでも晶は、昂揚している自分を抑え切れない。
(止まんないよ、ドキドキが……)
初めて亮と結ばれた夜を、何故か思い出していた。
「プレイボール!」
そんな感傷を払うような、審判の声。晶は、夢の舞台に立って、かちかちに固まっているチームメイトたちをぐるりと一周するように見やってから、黒土のマウンドで白く輝くプレートを踏みしめた。
亮のミットは、真ん中を構えている。要求されているボールは、いきなり全開のレベル2。
(ふふっ)
慎重な彼らしくないそのリードは、彼もまた自分たちと同じように興奮状態にあることを知らしめていて、晶は可笑しくなった。
しかし、一瞬だけ緩んだその表情を引き締めると、晶は踏みしめたプレートにスパイクをしっかりと利かせ、大きく振りかぶる。
そして、夢に見て夢で終わっていた甲子園での第一球を投ずるために、脚をあげようとした瞬間、
びゅん……
「あっ」
まるで図ったようにマウンドだけを風が吹いて、晶の帽子を飛ばした。
ふわ、と風になびく長く艶やかな黒髪。
「………」
あの日と全く同じように、グラウンドの空気は静まり返っていた。
「ははっ」
だが、風に飛ばされた帽子はすぐに自分のところに帰ってきた。亮が審判にタイムを告げ、その帽子を自ら手にすると、マウンドまで持ってきてくれたのだ。
「ほんとに悪戯が好きだよな、甲子園ってヤツは……」
「亮……」
呆然としている晶に、軽く帽子を被せる亮。まるで頭を撫でるように。
「心配は、ないんだ」
髪が風になびいても、なにも起きることはない。あのときのように、審判たちが自分を責めるような視線を向けることもなく、投手の交代を強いることもない。
「今は、あの時とは違う。晶の懸命さを邪魔するヤツは、誰もいないよ」
「亮……」
彼の笑みは、まるで上空に広がる青空を移したかのように、透き通っていた。
「さ、仕切り直しだ。いい球を、頼むぞ!」
「うんっ」
その笑みに見惚れていた晶は、帽子を深く被りなおすと改めて呼吸を整えた。
(投げても、いいんだ……)
ひとりになったマウンドの上。しかし、淋しさや孤独は一切感じない。あの時、自分を翻弄した“甲子園の風”さえも、まるで歓迎をしているかのように暖かな空気をまとっている。
「あはははっ」
嬉しくなった。知らず晶は、笑っていた。
(行くよ、亮!)
そしてすぐに表情を引き締めると、プレートをしっかりと踏みしめる。そのまま大きく振りかぶり、右足を高く上げた。
マウンドに風は吹き続けている。
その風を切り裂くように、しなやかに振られた晶の左腕。指先から糸を引くような球筋が描かれ、亮のミットを高らかに鳴らす。
「ストライク――――」
高らかに響いた球審の声。
青い空に向かってその右手が、鮮やかなほどに高々と挙がっていた。