『STRIKE!!』(全9話)-258
「今季の隼リーグも、素晴らしい戦いを見ることができました」
東日本軟式野球推進協議会・会長の川上修平氏の祝辞である。
「僕は野球が好きです。ひとつのボールを追いかけて、必死になってみんなで力をあわせる野球というスポーツが大好きです」
その楽しさを、誰とでも心からわかちあえること……性別・人種・国籍といった垣根が全く存在しないこの“隼リーグ”は、川上会長の宿願が形になったものだ。
「だから僕は、皆さんに“ありがとう”といいたいのです。僕が……僕たちが好きだった野球を皆さんも好きでいてくれることに、心から“ありがとう”と……」
感極まったように、言葉尻が潤む。現役時代も監督時代も、その怜悧冷徹な表情やコメントから“日本刀”の異名で知られた人物の思いがけない感情の揺れは、グラウンドの中で感激を生んだ。
「野球を通じて知った感動を、どうか忘れずにいてください。それが、これからの皆さんの心の支えになることを、僕は……信じています」
いつになく饒舌だった川上会長の祝辞は、終わった。
―――実は、この日から数ヵ月後、川上会長は急な病でこの世を去ってしまう。それを知っていたかのような、遺言にも似た会長のスピーチは、名言として永く軟式野球界で輝くことになった…。
「ダメです」
エレナの膨れっ面は、皆も始めて目にする。
「いや、もう、平気だってば……いてて」
「! やっぱり、ダメじゃないですか!? 文句は言わせません! 病院へ行きますです!!」
言うなりエレナは、図ったように近づいてきたタクシーに向かって手をかざし、それを呼んでいた。
「RIDE ON!」
「うわっ」
命令するまでもなく、タクシーに長見を押し込む。次いで彼女のその中に収まった。
「SORRY、EVERYONE……」
「気にすんな。監督も、キャプテンも、病院いっちまったから、どっちにしろ祝勝会はまたの日だよ」
「THANKS」
輝かしいエレナの微笑み。それを残して、二人を乗せたタクシーは球場を去っていった。
「というわけやから、今日はこれで解散や」
残った面々に、赤木が言う。直樹から預かった優勝旗をしっかりと両手で抱えながら。
「ワイは今から、大学にこれを持ってくつもりや」
さすがにこれを、蓬莱亭まで持ち帰るわけには行かないだろう。
「あ、俺も行く」
新村がこれに同調した。それを契機に、原田、長谷川、上島ら三年次連合が俺も俺もと声を出す。
「酔狂やなあ。思い切り、遠回りやぞ」
「だってさ、感動だもんよ、これ……」
もの欲しそうに優勝旗を眺めながら、興奮が冷めない様子の新村。誰もが想像し得なかった、その旗を間近で見ていられるこの瞬間に、まだまだ身も心も浸かっていたかったのだろう。
「しゃあないな」
そういう仲間たちの気持ちはよくわかる。なにしろ自分もそうなのだ。
「あ…」
「お…」
晶と亮が同時に、“自分も”と言いかけた時、赤木の手のひらがそれを遮った。
「今日はいっぱい頑張った二人や。はよう帰って、ゆっくりせなあかん」
「そんなこと…」
「仲間外れにしとるようで申し訳ないとは思うがのぅ」
「………」
晶も亮も、少しだけ考えをめぐらせたが、ややあって承服の頷きを見せた。
この先輩たちは、先輩たちの空間でいろいろと話したいことがあるのだろう。その中に割って入ることは、野暮に等しいことかもしれない。
「木戸、晶ちゃん、それと斉木も…。ありがとうな」
そのまま球場を後にした面々。なんと彼らは、歩いて大学まで行くつもりらしい。
優勝旗を挟むように、わいのわいのとやっているその背中に、二人は思わず頬を緩めていた。