『STRIKE!!』(全9話)-147
千里はマネージャーと言う立場上、昨季の城南第二大学もよく知っている。中心となっていた投手の松平は、それなりの好投手ではあったが気性の波が激しすぎるようで、チームとの折り合いも目に見えて良くなかった。また試合に臨んでいるレギュラーメンバーたちも何処か無気力で、おざなりに野球をやっているように見えて、城南第二大学については同じリーグの中で、千里が最も悪印象を持っているチームだった。
ただ、ベンチで腐らずに必死に応援に声をからしている控えメンバーたちには好感の情を抱いていた。その控えメンバーがレギュラーとなるやたちまち強敵として目の前に立ちはだかってくるのだから、千里としては複雑な心境になってしまう。
「……昭彦、なにか嬉しいことでもあるの?」
千里が隣で頬を緩めている二ノ宮に、少し尖った口調で問い質した。
「いや。亮のヤツ、すごい数字を残してるなあ、と」
二ノ宮は、千里にもらった個人ファイルに並ぶ打撃成績を見ている。
打率・打点において他を抜きん出てトップを走るのは、木戸亮。二ノ宮にとって高校時代の後輩にあたる人物だが、あのとき、1年でありながら正捕手に選ばれたときのうろたえぶりを見ている彼としては、当時の後輩とこの成績とのギャップというものを考えたとき、つい頬が緩んでしまったのだ。
「敵を褒める余裕があるなんて、頼もしいわね」
皮肉である。マネージャーとしての視線でものを見ている千里にとって、この木戸亮という選手は、高校時代の後輩とはいえ明らかな脅威だ。
「それに凄いのは亮くんだけじゃないわ。あの、お嬢さん二人も、大した選手よ」
「近藤晶と、柴崎エレナか」
そうよ、と相槌を返す千里。
「近藤晶は、その道に通ずる人なら誰もが知っている伝説の少女。柴崎エレナは、オーストラリアのソフトボール・ナショナルユースチームに在籍していた世界級の選手よ」
柴崎エレナについては古い記録しかないから、データを集めるのに苦労したわ、とぼやくように呟いている。それでも拾い集めてくるあたり、彼女のマネージャーとしての力量は瞠目に値するだろう。
「僕たちが苦労した星海大の投手を、あっさりと攻略してましたよね」
これは津幡のぼやきだ。
後期の第2戦で櫻陽大学は、前期日程の時に苦戦を強いられ引き分けに終わった星海大と再戦したが、今回は2−1と辛勝した。
しかし、相手方の捕手が前期とは違う選手だったことで、その打撃力・守備力が目に見えて落ちていたはずの星海大との試合はそれでも、相手のエース・帆波渚の投球に手を焼き、4番の管弦楽が放った適時打と相手方の失策によって挙げた2点を守りきるのがやっとだった。
一方、後期の初戦で星海大と対戦した城二大は、その帆波渚を相手に5−0と完勝している。櫻陽大が最後まで打ちあぐねた好投手を、城二大は終盤に集中打を浴びせ攻略したのだ。
それを見ても、現段階での攻撃力は相手が上だとよくわかる。
「……そういえば、管弦楽くんは?」
千里が部室を見廻して言う。
櫻陽大の打撃陣における中核は4番に入っている管弦楽だ。
後期戦に入り、打線が低調気味なチームの中にあって、彼だけはコンスタントな数字を残している。先の仁仙大学との一戦では思いがけない苦戦を強いられ、6回まで1−3とリードされていたまずい流れを、管弦楽の一発で乗り越えているのだ。
本塁打において管弦楽は、城二大の木戸亮と並び、8本という数字で2番手にある。
「今日はこないのかしら」
よほどに暇なのか、管弦楽は休みの日でも部室によく顔を出しており、今日に限って言えばその顔が見えないことがいささか不審だった。
「部室に来るなり、“わはははは! いい投手が欲しいのなら、心当たりがある!! 僕に任せたまえ!!!”とか言って、出て行ったぞ」
二ノ宮がファイルから目を離さずに、千里の問いに答えた。
「来てたの?」
「ああ」
「ふーん」
気がつかなかった。そんな風にのたまったのならば、聞こえてもいそうなのに。どうやら、ファイルの数字に集中しすぎていたらしい。
「考えてみれば、存在感があるのかないのか、よくわからんヤツだよな」
今井の耳打ちに、津幡は苦笑しながら、“確かにそうですね”と頷いていた。