魂の願い-1
頭に何か引っかかるような気がして目が覚めた。少しだけ開いた窓から外を見る。まだ夜は明けていないようだ。 寝付く前、何となしに窓を開けておいた。風が心地よかったせいかもしれない。治安は問題ない。どうせ小さな国なのだ。 ジェフカーンはベッドから身を起した。目は覚めてしまった。なぜこんな時間に目が覚めてしまったか。理由は分からなかった。 窓を開ける。木戸が微かな軋みの音を立てた。ほんの僅かな音なのにあたり一面響いたような気がする。普段は全く気にしないのに。 エルイタルは小さな教国だ。四方を山で囲まれた枯れた土地を所有している。年中食料不足の問題を抱えている貧しい国だった。 国民は常に畑を耕している。そうしないと食べていかれないからだ。ジェフカーンも同様だった。昨日は芋畑を耕した。今日も耕す。明日も耕すだろう。そうしないと生きていかれない。生きるために耕し、耕すからこそ生きていける。そうして一生が終わる。 ジェフカーンは自分のこんな一生を惨めだとは思っていなかった。当たり前の生活だと思っていた。両親もその両親もずっと同じ人生だったのだ。これから先も変わらない。変化は死を意味しているのと同等だった。 ジェフカーンは窓から空を見た。月が天頂にある。半月は闇夜を照らすほどの光はなかった。 「ジェフ・・・ジェフカーン・・・?」 暗闇から呼びかけられジェフカーンはピクリと身体を動かした。 「誰だ?」 ジェフカーンの声に反応して闇から出てきた。 「グルリッシュ・・・」 幼馴染のグルリッシュだった。線の細い身体、色素の薄い長い髪、白い肌は夜のせいか蒼白ともいってもいいくらいだ。 「どうしたんだ、こんな夜更けに。それにその格好・・・」 「これ?これさ、うちの正装なんだ。エンター家の正装。どう?似合うかな?」 「似合うも似合わないも、何だってこんな時間に・・・夜更けだ、ぞ・・・」 ジェフカーンは言ってから、ハッとした。もしかして・・・ グルリッシュはあごを引いて頷いた。 「うん・・・僕、明朝出発する」? エルイタル教国は司祭が治める宗教国だ。 国民が喰うか喰わずかの状態でも、ごく僅かにだが、教会に身を捧げる者もいる。生まれたときから運命(さだめ)に則り、一度も畑を耕さない。日に当たることが少ないので色素の薄い身体になる。 グルリッシュもその一人だった。エンター家に生まれた男児は教会に一生を捧げる。収穫の月に生まれた男児は・・・ 「僕さ、ここ大好きなんだ」 ジェフカーンとグルリッシュは小高い丘に登ってきた。ソージュの樹が枝を四方に伸ばし生えている。 「子供のときここで日が暮れるまで遊んでいただろ?よく怒られた。『夕飯までに帰ってきなさいって何度も言ったでしょう!』って教育係のミーに怒鳴られたよ。ミーって本当に怖くて僕は何度も怒鳴られたな。手が出ることもしばしばあったし。それでもここで遊んで夕日を見ることを止めることはしなかった」 グルリッシュはジェフカーンを振り向いてニコリと笑った。 「このソージュの樹から落ちたこともあったね」 「ああ。お前、ろくに木登りもしたことないのに『ソージュの樹を制覇する』って言って登っていったな」 「あはは。そうだねぇ。で、足を滑らせて落ちた」 「あの時は酷いぜ、お前。人をクッション代わりにして『やっぱり、ジェフがいてよかった』だもんな」 グルリッシュは声をたてて笑った。