魂の願い-2
「本当にそう思ったんだよ。ジェフがいてくれてよかった。あの時地面に叩きつけられていたら、僕は死んでいたもの」 「アホか。あの高さから落ちたくらいで死ぬかっての」 風が吹いた。さざなみのように過ぎていく。 「うん。でも僕は死んではいけなかったから。今日までは」 風は後から後から吹いてくる。留まる事はない。 「グルリッシュ・・・お前さ・・・」 「僕さ、子供の頃から『あれしちゃいけない、これしちゃいけない』って、ずっと抑えつけて成長してきただろ。本当に子供の頃はなんで自分だけって憤ることもあったけど、心の奥底では誇りを持っていたんだ。『僕はエンター家の男児だ』って。僕は深い深い運命(さだめ)を持っているんだって」 ソージュの樹を見上げていたグルリッシュはジェフカーンを振り返った。 「僕は皆が好きだ。父上も母上もミーも司教様も先生もジェフも。皆が幸せに生活するんなら、なんでもする。皆が笑っていられるような世界になるんならなんでもするよ」 グルリッシュを纏っていた長いマントが風にあおられて大きくなびいた。 「それが僕の望みなんだ」 半月は天頂を過ぎ、グルリッシュを照らす。煌々ではない。燦々ではない。細く薄い光だが、紛れもない光だ。闇を照らす光だ。 グルリッシュは知っている。明朝自分がどうなるのかを知っている.子供の頃から教え込まれたことだ。自分の人生を知っている。 そして覚悟をしている。 エンター家に収穫の月に生まれた男児がどういう運命(さだめ)にあるのかを。その男児が16歳になった初めての満月にどうなるのかを。 「お前、本当にいいのかよ・・・。皆が幸せならいい?それが望み?でも、でもそれじゃ・・・!」 「ジェフ・・・」 「それじゃ、お前はどうなる!?本当にお前それでいいのかよ?!エンター家の男児が半月の朝に出発したら二度と帰ってこられないんだぞ!!大教会の地下に幽閉されて満月の晩には贄になるだけだ!!妖夢の巫女に殺されるんだぞ!!!」 エンター家に収穫の月に生まれた男児。生まれながらにして死ぬことを約束された男児。16歳になったら妖夢の巫女に贄として捧げられることを運命とする男児。 エルイタル国は貧しい国だ。喰うか喰わずかの瀬戸際だ。そんな時大教会の占術士は言った。 −−−エンター家に収穫の月に生まれる男児を妖夢の巫女に捧げよ。 贄を捧げてからエルイタルは僅かながらに生き延びた。それが気休めだと言う者はいなかった。 「グルリッシュ!!16歳になって妖夢の巫女に殺されることがお前の望みだって言うのかよ!!何もせずに生きて死んでいくのが望みだっていうのかよ!!」 「違うよ。僕の望みは皆が幸せになることだよ」 「違う?何が違う?!お前が贄として死ぬから皆が幸せになるのか?そうじゃない。そうじぇねーだろ!!なんでその『皆』の中にお前は入ってねーんだよ!!」 「僕は贄だもの」 「贄は幸せになることがないってのよ?!贄だから死ぬのが当たり前だってのかよ?!贄の誇り?けじめ?そんなもの死んじまったらどうしようもないんだぞ!!」 「違う!僕の命は妖夢の巫女に返上するだけだ。死んで僕はエルイタルの息吹になるんだよ。それが僕の運命なんだ!」 「だから!!どうして・・・どうしてそんなに平然としていられるんだ。お前は後半月で死んじまうんだぞ!なんで、なんでそんなに平気な顔してんだよ・・・」 「ジェフ、僕は・・・!」 グルリッシュはジェフカーンを見て言葉を飲み込んだ。 ジェフカーンは泣いていた。両目から止まる事ない涙を流していた。 ジェフカーンは本当に本気で妖夢の巫女に捧げられるグルリッシュのことを心酔していた。心から贄にされるグルリッシュのことを嘆いていた。 グルリッシュは動揺した。子供の頃から16歳になったら死ぬことは教えられて育った。両親も教育係もそれは栄誉ある死だと言った。死んでもエルイタルに繁栄をもたらす清い魂だと教えた。