堕天使と殺人鬼--第3話---4
愁がちらりと林道美月の隣へ視線を向けたので、晴弥も釣られてそちらに目を向けた。それで晴弥は、先ほどの愁の舌打ちの本当の意味を理解した。
そこ――通路側に座る美月の隣、窓際には、クラスでは孤立気味だがアイドル顔負けの愛らしい美少女――美吹ゆかり(女子十六番)が肘をついて頬杖し、先ほどの晴弥と同じように窓の外を眺めていた。特徴的な腰まである長髪に隠れてその表情はよく伺えない。窓を少々開けているのか、ゆかりの色素の薄い髪の毛がさらさらと揺れるのが分かった。何となく哀愁を漂わせているその姿がなんとも美しいもんだと晴弥はふと思った。
彼女の雰囲気はどことなく、女子不良グループの面々と似たようなものがある。そう、ゆかりは――今は孤立気味であるが、元々は彼女たちと同じグループだったのである。
美月のような内申書を気にするどちらかと言えば真面目な生徒と違い、美吹ゆかりは以前から少々外見に特徴のある生徒だった。それは整いすぎている顔立ちもそうなのだが例えば、月沢中では指定以外のセーター、カーディガン、それから化粧などは一切校則として禁止なのであるが、ゆかりは内申書など考えずにいつも指定ではないカーディガンを愛用していたし、目元のみであったが化粧もしていた。それは女子不良グループの面々も同じであったが、あの四人と違うところは流行りではないブランド物を愛用しているというところだ。
女子不良グループの面々は、現在では入手し難くなっていると言われるアメリカ製のカーディガンを愛用している。このブランドが現在の大東亜共和国の学生の一押しである。流行り物が敵対関係に当たる国の商品だというのは、当事者でないにも拘わらず、なんとも言えない罪悪感が残るものである。
実は現在、準鎖国政策をとっているこの国では輸入というものが極端に入手し難かった。そしておまけに、先述でも多少触れたがアメリカ(政府の連中はそれを米帝と呼ぶし、教科書にもそう書いてある)は敵性国家ときている。なぜ敵対関係に当たる他国の商品を彼女らが愛用できるのかというと、実は密かに、専門店のようなものが市内にはわりと多いことによる。他国の商品を売ることは法律違反であったが、あまりにも多すぎるために警察も黙認していた(一見だけではアメリカ製も大東亜製も対して変わらなかった。おおっぴらに宣伝しない限りはある程度安全だった)。
それに比べ、ゆかりの愛用するものは国内で作製される大東亜共和国ならではのカーディガンだった(ちなみに愁と遼も、これを愛用していた。男子不良グループは、それぞれであったが大体がアメリカ製の物を愛用している。ちなみに晴弥や美月を初めとする真面目な生徒は、きちんと指定された物を着ている)。確か彼女の父親は、政府関係者だったような記憶がある。恐らくそういったことには厳しく育てられたに違いない。
ではなぜ、女子不良グループと同じ雰囲気である彼女が孤立気味であるのか。彼女の父親が政府の人間であるからとも考えられるが、実際はそうではない。二年時のクラス替えは仲の良い面々を集めたのだから、ゆかりは彼女たちとよく馴染んでいた――あの日までは。
ゆかりは、その可憐で愛らしい外見に負けず劣らず、内面も非常に魅力的な生徒だった。間違っても人の悪口など言わなかったし、困っている人を放っておくこともできなかった。何より、優しく明るくて、以前までの彼女の笑顔には癒しの力があった。胸糞が悪くても、彼女に笑顔で接して貰えると不思議と心が落ち着く。驚いたことに、彼女を嫌いだと言う言葉は聞いたことがない。それが、美吹ゆかりと言う人物だった。
そのゆかりが変わってしまったのは去年の確か、期末試験が始まる前だった。愁の例の事件からそこまで日は経っていなかった。
【残り】--三十八名--