オーディン第六話『下剋上』-2
壁が全て本棚になっている筒状の建物の真ん中で、机に向かっている眼鏡の男がいた。
男は紙に文字を書く度に分厚い本を開いては閉じ、それを繰り返していた。そんな時、建物の外からバイクの騒音が聞こえてきた。騒音に気をとられ、本にしおりを挟み忘れた眼鏡の男はキレた。
扉が開くとそこには笑顔のロックが立っていた、しかし眼鏡の男は本を開きロックを睨み付けていた。
「何回目だ!!」
眼鏡の男がそう叫ぶと、本の中から紅いドラゴンが飛び出し、入口の壁をぶち壊しながらロックと共にどこかへ飛びさっていった。
それから数時間後、再びロックが現われた、今度は修復されたドアをノックして。
「チェンバーズさん、怒ってます?」
机に向かっている眼鏡の男は返事をしなかった。
「チェンバーズさ〜ん?」
「何の用です、知っているでしょ?私が今モンスター事典を書くのに必死な事を」
ロックはまあまあと言い両手の掌を見せて、チェンバーズを落ち着かせると、フォールディングと共に政府を動かさないかともちかけた。チェンバーズは首を横に振った。
「労働者たちを統率?何を勘違いしているんだ、奴等は軍隊でも何でもないんだ、すぐ鎮圧されフォールディングがギロチンにあって終わりだ、それに…」
「それに?」
「黒コートの話を聞いた事ないのか?」
「ああ、天から舞い降りた“悪魔たち”の事だろ?知ってるがそんなのただの作り話だろ?」
チェンバーズは間を置くと、目を瞑り2冊の本とイヤリングを手渡した。
「1冊は黒コートについて、もう1冊はモンスター事典の試作品だ、そのイヤリングを付ければ使えるようになる、イヤリングを付けた後、お前が死ねばこの本は燃えるようになっている、以上だ、出ていってくれ、私は忙しいんだ」
話し終えるとチェンバーズは、何もなかったように作業を再開した。
「ありがとうチェンバーズ」
手を振り静かにドアをしめると、ロックはバイクに跨がり走り去っていった。
「死ぬなよ、ロック…」
バイクの音でかきされそうなぐらい小さな声で、チェンバーズは呟いた。
月が辺りを照らす頃、とある部屋では女が机の上の地図を指差し、何やら説明していた。
「ここと、ここと、ここです」
「さすがファインズ、君の情報収集能力には目を見張るものがある、君の家には迷惑をかけない、ありがとう」
「どういたしまして」
フォールディングが礼を言うと、ファインズは笑顔で手を振り部屋を出て行った。
「何故彼女はこんな極秘事項を?」
ロックは訝しげな顔をしてフォールディングに尋ねた。
「彼女の家も金持ちと言うやつだ、旅をするのが趣味でその際、情報収集をしていたらしい」
「しかし、議事堂の隠し通路まで分るものなんですか?」
「何でも彼女の恋人が黒コートだとか…、まあ所詮推測にすぎんだろうな」
ロックの後ろにあるドアがノックされた。
「失礼します」
部屋に入って来たのは、黒コートを着た男で、フードを外し手には手紙を持っていた。
「黒コート!!」
ロックとフォールディングが剣を構えた。
「待ってください!!」
コートの男が叫んだがロックは容赦なく斬りかかった、しかし斬りかかったはずのロックは、逆に腹を蹴られ壁まで吹き飛んでいった。
「くっ、強い…」
フォールディングはコートの男を睨み付けた。
「待ってください、私はチャーチル夫人の使者です」
「チャーチル夫人の?」
「そうです、チャーチル夫人のです」
フォールディングが剣を下ろすと、コートの男は手紙を渡し、すぐその部屋からいなくなった。
手紙にはこう書かれていた、
『騒動が起きた後、女王にあなたの罪を軽くしてもらえるよう頼んでみます、その代わり訴えには、次からの“議会には女性が必ず出席しなければならない”というのを付け加えるように』
と書かれていた。
「いいんですか?」
ロックが心配そうな声でいった。
「問題ない、条件は全て揃った、ロックは橋の下の隠し通路二つを、私は山のトロッコを占拠、明朝私の合図と共に議事堂を占拠する」