***君の青 @***-1
景色がいっせいに流れ出した。
まるでSF映画のワープシーンのように、僕ら二人の横を 通り過ぎていく。この衝動を抑えられるふたも、まして、それを消そうと するものもありはしない。二人の足音と同じくらい速く、鼓動がフル回転を始める。
ごつごつした細道を走り、途切れていたら草を掻き分け、僕らがそれを作り出す。
絶対に、見つけたかった。
絶対にこの森にいると信じていた。
そう思えば思うほど、揺ぎ無い興奮が胸の中で湧き上がり僕らに無限の力を与えてくれた。
そう・・・幸せを運ぶ、青い鳥を探す力を。
不意に、電話のベルが鳴った。
普段はそれほど驚くことはないのだが、よく眠っていたせいか、はたまた開店前の店内があまりに静かすぎたのか、驚きのあまりに口から心臓が飛び出そうになって、
僕はごくりとのどを鳴らした。
何がなんだかわかってないままスツールから飛び降り、少しよろけながらもどうにか電話まで走り寄った。が、手をのばしたところで、ベルはプツリと切れ,僕の手もそこで止まった。
寝ぼけ眼をこすりながら、のろのろと辺りを見回す。
朝日の伸ばす白い帯が、静寂を優しく揺り起こすかのように、窓から店内へ差し込んでいる。窓際にあるものは全て長い影を作り、床を這っているようだ。どうせなら、この朝日に髪の毛を手ぐしでほどいていくように、ゆっくりと起こしてもらいたかった。
と、一人ため息をつく。
電話のベルはあまりに乱暴で、突発的すぎる。
並んでいる幾つかの窓は、無数の冷たい汗を流している。当然だ。
雪は降ってなくても今は十二月。とっくに冬と呼べる季節だ。僕はカウンターへ戻り、無造作に広げてある教科書やノートをとじ、脇に抱えた。昨日は珍しく徹夜をするつもりだったが、気がつかない間に睡魔に襲われたらしい。白紙のノートにはでかでかとよだれの跡だけがついていた。
親父とお袋が海外旅行のために家を空けて、そろそろ二週間が経とうとしている。
僕が旅行の話を知ったのは出発の前日、しかもその夜のことだった。それを聞いた時、僕ははじけたように散々文句を言いまくった。
何が楽しくて、子供が一人ただっ広い家で留守番してなきゃいけないんだ。しかも大学だってちょうど冬休み、これを機に一緒に海外旅行へ連れて行ってくれてもいいものじゃないか?・・・と、まぁ色々。
しかし、親父は断固として僕を連れて行ってくれようとはしなかった。だから僕にはぎりぎりになってから教えたんだと思うし、第一、あの親父が一度決めたことを途中で曲げるとはとても思えない。
結局僕の方が折れ、出発当日には二人を笑顔で送り出してやった。
まぁ、たまには夫婦水入らずというのもいいだろう。・・・と、思えたのはほんの一瞬で、実はその後で、僕はとんでもない問題にぶち当たったのだった。
なんと、親父の馬鹿たれが僕の生活費を一切置いっていかなかったのだ。それがわざとなのだから、たちが悪い。どうやら自分で食う分は自分で稼げということらしい。冗談じゃない。
旅行はのけ者、しかも生活費は自分で稼げとは、あまりにもあんまりだ。
二人がいなくなってから初めて、僕は自分の人の良さを呪った。思い出しただけでも腹が立つ。僕はこぶしでカウンターを力いっぱい叩いた。横にある灰皿がカタカタ揺れる。あの日から今日まで僕の怒りは全てこのカウンターへ叩きつけてきた。親父たちが帰ってくる頃には、ひょっとするとその部分だけが凹むくらいはしているかもしれない。
そんなことを考えながら、ふと後ろの壁掛け時計を見上げると、すでに九時をまわっていた。そろそろ開店の時間だ。僕は自分の背丈より高いグラスキャビネットを開け、空いてるスペースに教科書をたてかけると、カウンターを飛び越えて入り口へ走り寄った。透き通った扉の鍵をつまんで右へひねる。カチャリとという音を確認した後、一気に押し開ける。と、待っていましたとばかりに外の明かりがいっせいに店内へなだれこんできた。右手をかざしながら、空を見上げる。澄んだ青が永遠と広がっている。僕は目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。眠気やだるさを追い出すように、思いっきり伸びをする。
今日一日が、ここから始まるのだ。