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■LOVE PHANTOM ■
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***君の青 @***-6

 「だけど最高だったよね。時間を忘れて走りまくるの」
 「雫?」
 一体、彼女は何を言いたいのだろう。
 僕は荷物をカウンターの上へ乗せると、雫の左隣のスツールへ腰掛けた。うっすらとだけど、シャンプーの匂いが鼻先をかすめていく。
 「・・・探しにきたんだ」
 静まり返った店の中で、彼女の声だけが妙に響いて聞こえた。僕は、口も半開きのまま雫を見つめていた。彼女は飲みかけの紅茶を一気に飲み干すと、黙って立ち上がり、カップを片手に流しの方へ歩き出した。
 探しにきたって何をだよ。何を探しにきたんだよ、という言葉が今にもこぼれそうだったが、聞けば彼女がそのまま黙りこくってしまうような気がして、どうしても言えなかった。雫が水道の蛇口をおもいっきりひねると、乱暴に水が飛び出して、その下に置かれたカップに当たった。
 彼女はそれを洗うわけでもなく、ただじっと眺めている。
 「・・・青い鳥」
 不意をついて、雫が言った。
 「え?」
 反射的に聞き返してしまったが、僕は確かに聞いた。雫が一言「青い鳥」と言ったのを。けれどその言葉は余計に僕を困惑させた。
 「すると、あれか?お前は僕の家に青い鳥を探しに来たと・・・?」
 うつむいたまま、彼女は首を振った。
 「違うよ。見つけるまでの間、ここに泊めてって言ってるの」
 「よく分からないよ。本気で言ってるのか、そんなこと。青い鳥を探しにきただなんて、そんな言い訳、今時の子供だって騙せないぜ?」  
長いため息の後で、ゆっくりと僕は立ち上がった。
 「で、本当の理由はなんだよ」
 幾分投げやりな聞き方だった。雫は蛇口をきつく閉めると、僕の方を振り返って言った。
 「ここにいると思ったの。幸せを運ぶ青い鳥が、本気でいると思ったのよ。だから、だからここにきたんだよ。絆とだったら、きっと見つけられると思ったから。それとも・・・絆はもう信じてないの?青い鳥の存在を」
 「当たり前だろ。いくつになったと思ってるんだよ。今さら、そんな鳥だけで幸せになれるなんて思ってないさ。幸せっていうのは、一生懸命勉強して、いいところに就職して、それから始めてつかめるものなんだよ。鳥探しで幸せだったのは子供の頃だけだよ」
 頭の中に浮かんだ言葉が、次々と飛び出した。けれど、それは悩んでだす台詞よりもずっと的を得ていると思う。もしも本当に青い鳥で幸せになれるのなら、この地球上で最初に絶滅していたのは、全ての青い鳥だったはずだ。第一、受験は、いや受験に限らず全ての試験の価値はどうなる。僕を含めたみんなが、幸せを望んで、そのためにたくさんの関門をくぐってきた。これは全部、その先にあると信じてる幸せのために、それを手に入れるために走りつづけてきたはずだ。
 「本気かよ」
 雫の大きな瞳を見つめ、僕は言った
 「青い鳥を見つければ幸せになれるって、本気で信じてるんだな?」
 念を押すように訊くと、彼女は一度だけ、子供のようにコクリと頷いた。
 馬鹿なことを考えるものだ、と思った。けれど、僕を見つめるその澄んだ瞳からは、一片の嘘も、そして迷いも見つけられなかった。
 彼女は本気で青い鳥を見つけようとしている。それで幸せになれると、本当に信じているのだ。
 僕は再び長いため息をつくと、彼女のボストンバックを肩にかけ、手招きをした。
 「?」
 雫が首をかしげる。
 僕は黙ったまま居間に通じている扉を開けて、振り向いた。
 「早くこいよ。お前が青い鳥を見つけるまで生活する部屋を決めようぜ」


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