School days 3.8-1
11月1日。晴天。でも風は冷たい。
川沿いのポプラ並木を歩く少女が一人。肩より少し短めに揃えた髪が、歩を進める度にサラサラと揺れる。向かう先は中学校。今日は文化祭なのだ。
「宴ちゃん」
少女が振り返り、微笑む。
「夕音ちゃん」
並んで歩く二人。
「いよいよ今日だね」
「うん、ドキドキするね」
ふふ、と二人は笑いあう。宴が空を仰いだ。
「あっという間に本番だったなぁ…」
「本当。色んなことあったよね、近藤くんのこととか」
その名前に、宴の心臓が大きく脈打った。
「みんな嫌がってたのに、いつの間にかあんな仲良くなって」
その言葉に、宴は昨晩のことを思い出す。触れ合う肌、幾度となく繰り返した口づけ、憂いを帯びた瞳。誘ったのは自分…
帰り道に繋いだ手。温かで強くて。会話は殆どなかったが、それだけで満たされた。
惹かれている。確実に。
でも
こんな自分認めたくない
だって…
勝ちゃんのことはどうするの?
しっかりしなきゃ…
「ホント世の中って分からないね」
宴の心のうちなど知らない夕音は続けた。
「狙い始めた女子も多いみたいよ。確かにカッコイイからねぇ、彼」
―ずきん
心臓に激痛。止まりそうになる。
「そう…なんだ…」
はは、と宴は笑う。ほんと可笑しいよね、と夕音も笑った。
学校には既にまばらに生徒が来ており、忙しそうに動いていた。二人は控え室となっている自分達のクラスへ向かう。
「あ、宴!」
勝平の声。夕音は気を使ってか先に行くねと走って行った。
「お化け屋敷、行くからな。俺ら喫茶だから休みに来いよ」
勝平は微笑んで宴の頭を撫でる。
「…うん」
微笑み返す彼女に安心したのか、勝平は爽やかに走り去っていった。
す、と撫でられた部分に手をあてる。
「全然、ドキドキしなかった…」
宴はポツリと呟いた。
ふらふら教室へと向かう。近づくにつれ大きくなる騒ぎ声。もう数人来てるのかな、とひょいと教室を覗き込む宴。声を失う。
「あ、青島〜遅いぞ」
宴にかかる声にみんなが扉を見た。
「みんな…なんで…」
そこに居たのはクラス全員だった。集合は8時15分のはず。いまは7時40分。えらく早い。
「なんかね、」
夕音が傍へやってきた。
「近藤くんがみんなに声かけたんだって」
「…え?」
「先導してやってる奴だけ早く来るなんて無しだろ」
みんなの中心に座っている賢輔が言った。優しい瞳。宴を見つめる。
「ありがとう…」
「そうと決まれば仕事ですねっ、最終点検行きますか〜」
白石が立ち上がり笑った。みんなもそれに続く。みんなは宴に声と笑顔を贈りながら、ぞろぞろと教室を抜けていった。
―トン…ッ
頭に乗せられる手。
「みんなお前の頑張り、分かってんだよ」
耳元で響く声が宴を包み込む。
「…けん…」
「近藤くーん、早く行こうよーっ」
宴の言葉を遮って誰かが賢輔を呼んだ。
「おう」
そちらに向けられる笑顔。離れる掌。遠ざかる足音。
…どうして…
宴は、彼が手を置いた所を押さえ、俯く。頬が赤く染まっている。
どうして勝ちゃんじゃなくてこの人にドキドキするの…?
どうしてこんなに切ないの―…
宴は小さくなっていく彼の後姿を目で追う。周りを囲む男子や女子。楽しそうに笑っている。
「やっぱり…嘘なんだよね、昨日の言葉も…」
呟く宴。
「好きだよ」
昇りつめる直前、そう言ってくれた。
からかっているだけ。そんなこと分かってる。
だけど、言われた時の嬉しさは
満たされた気持ちは
偽物じゃない…
苦しさに宴はため息を漏らした。